夕食


恋人繋ぎのまま御本に連れられ日の落ちた住宅街の一角にある御本の家に着いた。

御本がドアを開けると弁慶立ちで立っている人物が居た。

御本のお姉さんだろうか?若い。


「!」


刹那、眼下に広がる甘い匂い。


「ふーん、君が水瀬くんかー、想像と違うけど悪い子では無さそうだな」


パッと見でもハッキリと分かるほど整った顔立ち。

緊張が凄い。


「むぅー、水瀬から離れるのだ!香織さん!」


香織さんと呼ばれた人物はケタケタと笑いながら俺から離れた。


「そこまで怖い顔をしないでくれよ。にしても、伊織がそこまでご執心だったとはね。リビングにおいで湿布貼ってあげるから」


御本に手を引かれながらリビングの食卓用の椅子に座る。


「っ!いたっ……」


「男なんだから我慢しな」


やはりと言うべきか痛みは収まっておらず、湿布を貼る程度の力でも声が出るほど痛い。


「これでヨシっと!」


湿布が剥がれないようにテープを貼った所で治療は終わりだ。


「むぅー、私が貼りたかったのだ」


ソファに座りながらおそらく不機嫌な表情を浮かべている御本に視線を向ける。

ボヤけていても機嫌の悪さだけは伝わる。


「伊織に任せたら治るものも治らなくなるよ」


「それはどういう事なのだ!」


御本は両手を上げ抗議の意を示す。


流石、御本の事をよく分かっている。


「そう言えば、これから夕食なんだけど、水瀬くんもどうだい?」


「あ、いえ、そこまでお世話になる訳には行かないので帰ります」


ありがたい提案だが、迷惑を掛けたくは無いので丁重に断る。


「謙虚だねぇ。伊織とは大違いだ」


香織さんは盛大に笑う。


「むぅー」


「私たちは何とも思わないから食べていきな。それに大勢で食べた方が美味しいし」


「そうだぞ水瀬!一緒に食べよう!」


「あ、じゃあ。ご馳走になります」


「そう来なくちゃな。座って待っててくれ」


そう言うと香織さんはキッチンに消えて行った。


数分後。


「まだまだ寒い日が続いているからね。今日は豪華にすき焼きだ」


香織さんが蓋を開けると見える視界は全てが茶色だった。

肉が九割を占めているすき焼きは初めてだ。


「さあ、遠慮せずどんどん食べな」


「いただきまーす!」


「いただきます」


手を合わせ生卵をときお玉で鍋をひとすくい。

表面だけだと思っていた肉は中にも所狭しと詰められており、白菜やしらたきと言った名脇役の姿は極僅かに見える程度。


「美味しい……」


「そうかい?喜んで貰えて何よりだ」


香織さんは缶ビールを飲む手を止め豪快に笑った。

こんなに美人なのに……勿体ない。


夕食も後半に差し掛かり、あれだけ大量に肉が入っていた鍋もそこが見え始めて来た。


「御本」


「何だ?」


お腹一杯の俺は皿に残っている肉を食べてもらおうと御本に声を掛けた。


「食べていいぞ」


「良いのか!?」


御本は目をランランと輝かせる。


「お腹一杯だからな。むしろ食べてくれ」


「ありがとうなのだ水瀬!あ〜」


そう言うと御本は口を開けこちらに何かを求めるような姿勢を取った。


「?」


「あ〜」


「何してんだ?」


「あ〜んなのだ!」


ああ、そう言う。


俺は皿に残っている肉を箸で掴み御本の口に運ぶ。


「んん〜、美味しいのだ!」


動物に餌付けしている錯覚を得る。


「おうおう。見せつけてくれるねー」


横目に香織さんのニヤニヤとした表情が映る。


「あ、いや……これは……」


急に恥ずかしくなり必死に弁明しようと口を開く。


「水瀬ー?次が欲しいのだー」


御本に急かされ肉を運ぶ。


皿から肉が消えるまでそんなやり取りが四回程続いた。

その間、香織さんのニヤニヤとした表情が刺さり続けていた。

恥ずかし過ぎる……。

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