貧乳派閥

朝御本に飛び蹴りを食らった俺は鼻にティッシュを詰め腰に湿布を張っているという満身創痍ぶりを晒しながら教室に着いた。


教室に着くと談笑していたクラスメイト達がこちらを一瞥した。

その目には同情の色が見て取れた。


「大丈夫か水瀬?」


席に着きそうそう御本がそんな事を聞いてきた。


「ああ」


「そうかそれは良かった!」


俺は怒る事すらしないまま適当に返事をし一限目に使う教科書とノートを準備する。


「おはようございます」


担任の氷室先生が教室に入って来た所でSHRの始まりだ。


「今日も授業頑張って下さいね」


氷室先生はそう言い残し教室を出て行った。


氷室先生は良い先生だ。

去年教師としてこの高校に赴任してから持ち前の容姿と生徒思いの性格から多くの男子生徒が心を奪われた。

さらに、生徒一人一人の悩み等に真摯に向き合ってくれる為嫌いになる要素など見つかるはずもなく。

教師ながら非公式ファンクラブがあるとか、御本にも氷室先生の爪を煎じて飲ませ、そのお淑やかさを身につけて欲しいものだ。


「はぁ〜」


「みーなーせー?」


「うお!何だよ……」


声のする方に顔を向けるとゼロ距離と呼べる位置に御本の顔があった。


「どこを見ていたのだ?」


「何の事だよ?」


「全く水瀬と来たら、少し胸が大きいからって目を奪われて……」


理由は分からないが御本は怒っていた。


「はあ?何言ってんのお前?」


「そんなに胸の大きい女が好きなのか?!私では不満か!?」


急に大声を出し立ち上がる御本。


「確かに私では水瀬を満足させる程の胸は無いが……。それでも!大きさが全てでは無いだろう!?」


周りの目はどこえやらとんでもない事を言い出しやがったこの女!


「だから何言って……」


「胸の大きさは何とかする!だから捨てないでくれ水瀬!」


「!」


不味い。クラスメイトがヒソヒソと話し始める。


「ちょっと話し合う必要があるようだね?」


この状況をどうにかしようとうんうん悩んでいると俺の肩を掴む手があった。

後ろを振り返ると俺を囲うように五人の男子生徒が立っていた。


「どちら様で……」


「汝に問う。君はどっち派だ?」


リーダー格であるメガネ男子がクイッとメガネを上げそんな事を聞いてきた。


「だから何言って……」


「ちなみに私は断然貧乳派だ!」


聞いていないのですが?


「小さいながらも健気に主張する小ぶりの山!それに加え慎ましやかな感触と温かさ!巨乳には無い感動がその全て詰まっている!」


恥ずかしげも無く堂々と変態発言を叫ぶ奴らを止められる者はもう居ない。


「さらに!胸の大きさはその人物の性格を映し出すと言われている!貧乳はその人のうちの深さに眠る優しさと思いを具現化した物だ!慎ましやかな胸つまり貧乳の人は言いたい事を上手く言葉に出来ない可能性がある!相手が気付いてあげないといけないよ!」


「はあ」


「ここまで聞いた君は貧乳の良さが伝わったと思う!だから是非こちら側に来ないかい?」


誰がこの繰り広げられる変態劇場に感動するのだろうか、見ろあの女子の引きつった顔と汚物を見るような目を、お前ら居場所無くなるぞ?


俺は差し出された手を振り払い一言。


「お前ら周り見ろよ」


その言葉に五人全員の目の色が変わる。


「はっはっはっ!私達を見るあのような目は今更だ!それに、私達はもう諦めている。自由だ平等だを並べているこの国で自分の趣味を公に出した途端周りの私達を見る目が変わった。私達が間違っているかの様なあの目。自分の趣味すら理解して貰えないこの環境が私は嫌いだ。

だからいっそ我慢する位なら自分からイバラの道を踏む。

自分を馬鹿にされてもいい。自分の趣味が馬鹿にされてもいい。せめて、自分で自分の信念を嫌いにならなければいい」


その目には確かな覚悟が見えた。


「最後に」


メガネは拳をギュッと握る。


「どんなに偏った趣味を持ち、誰も理解してくれ無くても、理解してくれる経った数人を大切にしたい。自分の何を犠牲にしても!」


周りが感動の嵐に包まれ四方八方から拍手が鳴り響く。


「そうか……」


「だから君もこちら側に来ないかい?」


メガネは先程とおなじセリフを言う。


「……」


俺は差し出された手を振り払い一言。


「キモイ」


「そうか……君なら理解してくれると思ったんだが……、それが君の答えなら仕方が無い。今日の所は僕たちの負けだ。次会うときは必ずこちら側に連れていくよ」


メガネはそう言って手を振りながら教室を出て行った。


メガネ達が居なくなった教室は一瞬の静寂の後いつも通りの空間に戻って行った。


御本は相も変わらず涙目でこちらを見ている。

答えを待っているようだ。


メガネ達のせいで異様に疲れた俺は簡素に答える。


「捨てないよ」


頭を撫でる。


「ん……水瀬恥ずかしい……」


予想外だったのか顔を赤らめ俯いてしまった。


俺は椅子に座り一限が始まるまで外を眺めていた。

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