さよなら風たちの日々 第2章ー1 (連載2)

狩野晃翔《かのうこうしょう》

さよなら風たちの日々 第2章ー1


             【1】


 総武線亀戸駅からバスで15分。その周辺には緑豊かな猿江恩賜公園と、小名木川貨物駅と、大きな丸太を何十本、何百本も係留している小名木川がある。

 水面は薄墨を溶かし込んだような色をしていて、流れはほとんどない。

 その小名木川をときおり、はしけが白い波を立てて行きかったりすると、こすれ合い、きしみ合う丸太にメタンガスを含んだ水面が次々にうねり出す。

 やがてそれが収まると、ところどころに虹のような色合いを見せる廃油が、水面に静かに広がりを見せたりするのだ。

 江東区北砂三丁目。あたりを見回すと、大きな団地や工場がやたら目につく地域。 

もう開発の余地なんてない。そんな一画に、ぼくが通っていた高校があった。


              【2】


 四月。街に降り注ぐ陽射しが少しまぶしいくらいほどの四月。朝のテレビニュースは毎日のように、桜前線の北上を告げている。そして新しい年度とともに、都会のいたるところで入学式や入園式が行なわれていた。

 四月は風の匂いとともに、人々の心を晴れやかにする何かがあった。

「おい。今年の新入生に、可愛い子ちゃん、いるかな」

 教室からぼんやり校庭を眺めていたぼくに、信二が訊ねた。

「おまえも好きだねぇ」

 ぼくが軽く非難するように言うと、信二は笑いながら、

「これが楽しみで身体測定手伝うようなもんだからな」と言い返した。

 信二はぼくより少し背が低かったから、身長は170cmくらいだろうか。体型はやや肥満気味だから、いつも学生服の詰襟の第一ボタンを外し、窮屈そうにそこに身体を押し込んでいる。

 信二はこの学校で知り合った、ぼくの親友だった。だからその日も二人で校庭を眺め、入学式を終えて校庭に出てくる新入生を待っていたのだ。


              【3】


 新入生は講堂で入学式を終えるとそれぞれの教室に戻ってホームルームに入る。そのあと体育館で身長、体重、視力、肺活量、背筋力、握力、跳力などの身体測定を受けることになっていた。

 新入生は200人くらいいるからその測定に教師だけでは手が足りなくて、いつも上級生がそれを手伝うことになる。 

 この身体測定の手伝いは、結構人気があった。それは新入生の顔と名前をいっぺんに覚えることができるうえ、それをチャンスにクラブに誘ったり、個人的に親しくなれるチャンスでもあったからだ。

「そろそろ体育館に行こうぜ。いろいろ準備があるんだ」

 信二はそう言ってぼくをうながし、教室を出た。



                        《この項 続きます》



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