第3話 包囲転生陣
学生達が登校を開始する。屋根の上を飛び跳ねて行く者、飛んで行く者、
普通に歩いて行く者、様々だ。待ち伏せを避けるため、昨日と同じルートを
通らないようにしている。
特定の標的を狙う待ち伏せタイプの人攫いは、獲物の能力にガンメタ張ってる
事がある。よって、固定されたルートを通るのは可能な限り避けるべきなのだ。
黄一と優里は、普通に道路を小走り(時速50km)で登校していた。きちんと
交通ルールに則り、走る時は車道を使っている。今の時代、車に乗る者はそうそういないので、車を轢くような事故は滅多に起こらない。
南の空ではキノコ雲が立ち上り、西の空ではスペースコロニーのゲリラ豪雨
が降り注ぎ、北の空では直径10km前後の小惑星を、地上と宇宙間でラリー
している。宇宙人にも骨のある奴がいるようだ。
「この景色を見ると、帰って来たって感じがするなぁ」
「ほらほら黄一、コロニー柱が立ったよ! 今日はいい事あるかも!」
コロニー柱…落ちて来るコロニーを念力や腕力で空き地に誘導し、軟着陸&直立させ、その上に別のコロニーを積み重ねて被害を軽減する匠の技。コロニーは自重で地殻に沈みこみ、マントルで溶けてなくなる。
最近の一般家屋は耐コロニー性能が高いので、コロニー柱は現在ではただの見せ技と化している。
〜イミフダス
ちょっとだけ特別な、日常の景色を黄一は噛み締める。
「あっ、来た。優里、そろそろ警戒しないと」
「もう? 軌道防衛部隊、弛んでるんじゃない?」
2人の視線の先、宇宙から霰の如く光が降り注ぐ。100mクラスの小惑星の
流星雨と、それに紛れ込んで地球人を攫いに来た、宇宙海賊の私掠船だ。
どこの学校も登校日は一緒なので、夏休み中最大の誘拐漁期である。
大気圏突入中の彼らを、地上からの攻撃が出迎える。大気圏突入中はバリア
の防御力が飽和するため、攻撃が通りやすいのだ。
地上から放たれた幾筋もの光が突き刺さり、船が、小惑星が爆発する。
対空竹槍『爆竜竹』だ。音速で投げつけると、節の中の空気が熱膨張して爆発
する。少し技術が要るが、空中で爆発させて散弾にしてもよし、敵に当てて内部
で爆発させてもよしの優れものだ。
食用には適さず繁殖力が異常なので、見かけたら可能な限り引っこ抜かなければならないのが玉に瑕だが。
自宅警備員が、自警団員が、交番のお巡りさんが、草刈りしている爺婆が、
体力と暇を持て余した子供達が。竹の駆除のついでと言わんばかりに、私掠船を
撃ち落としていく。
墜落した私掠船が辺りに墜落し、火の手が上がる。街はあっという間に炎に
包まれ、火災旋風が巻き起こった。
ぱっと見地獄絵図だが、たかだか数千度の炎、モーニングコールとは熱さの
桁が違うので、地球人に何らダメージは無い。困るのも死ぬのも私掠船の宇宙人
だけだ。
街の住人達は慌てる事もなく、火に向かって指パッチンした。
パキュンッ!!
衝撃波によって火災はすぐさま消えた。地球全土が洪水玄武岩に覆われた『火の七年間』を乗り越えた人類にとって、この程度の火災は蝋燭の火を吹き消すようなものである。
船は解体され、船員ごと資源ごみに出される事になる。
竹槍の迎撃を抜けてきた私掠船の船団が、低空飛行で街を突き進む。
いよいよ漁の始まりだ。船内は興奮と熱気で満ちていた。
「大気圏突入出来たぞ!! 後はさらって帰るだけだ!!」
「この漁が終わったら俺、結婚するんだ。もう、棺桶も買ってあったりして」
「生きた地球人1人捕まえるだけで一生遊んで暮らせるぞ! 気合い入れろぉ!」
「借金返して釣りが来るぜ!」
「殺す気で攻撃しろ! 怪獣を相手にしてると思え!」
私掠船の船員は、凶悪犯罪者、多重債務者、口減らしの棄民達だ。生還率0.5%
以下の漁に乗らざるを得ないどん詰まり連中である。
地球に表立って敵対できない惑星が、ゴミ捨て、嫌がらせ、人的資源獲得等を
目的に送り込んでいるのだ。
黄一達の元にも私掠船(全長200m)が迫ってきた。船体下部の砲塔から、
誘拐用トラクタービームが幾筋も浴びせかけられる。
ビィィィィ! バリバリバリバリ!!
「2人だけで登校なんて久しぶりだね♪」
ギュインギュインギュイン! パパパパパパパパ!!
「ね、頼むから手ぇ離してくれない?」
ズババババ! ワチョワチョワチョワチョ!!
2人は余裕を持って踊るように砲撃をかわしていく。砲塔の向きを見れば
かわすのはそう難しいことではないのだ。一般的な高校生なら、光線回避検定二級を会得している。
回避検定…射撃・狙撃・砲撃・爆撃などを避ける技術を資格化したもの。他にも弾丸キャッチ検定や受け流し検定等がある。
光線回避検定の場合、銃口・砲口を目視して撃たれる前に避けられれば二級を取得できる。
〜イミフダス
「なになに? 恥ずかしいのかな? でも、ダメ。離したらコーイチどっか
にいっちゃいそうだから…」
メキョメキョメキョメキョ!
「優里…」
黄一の手はグズグズに粉砕骨折していた。言ったところで離してはくれない
だろうな、と黄一は諦めた。
イチャつく2人にイラついたのか、砲撃が激しさを増す。ミサイルも惜しみなく放たれる。ミサイルは一定距離まで近づくと爆発し、動きを鈍らせるための毒ガスや網、足場を悪くするための霰弾が撒き散らされた。
「フェザーブレッド!」
それらをかわしながら、黄一の髪から飛び出した羽根の弾丸が、爆発する前の
ミサイルを撃ち落とす。
爆炎の向こうから、ドローンの編隊が飛んでくるのが見えた。トラクタービームを反射させたり、曲げてくる面倒臭い敵だ。
「あっ、私あれ苦手! コーイチ、船から離れよう!」
「学校が遠ざかるなぁ!」
2人は射線を切るため、大通りから細い路地へと駆け込んだ。
「よし、これでぇっ!?」
ブォォォン!!
が、そこで待ち受けていたのは幅1mにも満たない転生トラックだった。
罪なき人々を異世界に放り込み、邪神達の見せ物に捧げる儀式『異世界どう
でSHOW』の生贄を見繕いにやって来たのだ。犠牲者を隠り世に呼び寄せるため、『カクヨブ』とも呼ばれている。
転生トラック(路地裏奇襲用モデル)が唸りをあげて2人を襲う。
「おっと!」
軽々とトラックを飛び越える優里。トラックが突っ込んでくるなんて、よく
ある事だ。幼稚園の頃から交通安全教室で習う初歩の初歩。そうそう当たる事は
ない。
が、しかし。そうそう当たる事はないと言う事は、たまに当たるのだ。
不意をつかれたため、2人は咄嗟に高く飛び過ぎてしまい、それが仇となった。
「まずい、射線に…!」
黄一が私掠船の砲撃を警戒し、背中に真っ白い翼を生やした。優里を連れて飛んで逃げようとしたが、
「ダメ、コーイチ逃げて!!」
ブン!!
「のわーっ!?」
ズドン!!
優里は黄一を全力で真下にぶん投げた。黄一は転生トラックを破壊して地上にめり込んだ。
その拍子に運転手のエルフの男が外に投げ出された。
「うわぁぁぁぁあ!!」
ビィィィィ!!
そこにトラクタービームの流れ弾が直撃。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
エルフは海賊船に攫われていった。誘拐犯が誘拐…ミイラ取りがミイラになったのだ。悪い行いは、いずれ我が身に帰るのだ。
時を少し戻す。
黄一を投げつけた反動で優里は更に高く空へ舞い上がった。次の瞬間、
ブォォォン…
優里の四方八方の空間が歪み、異空間から取り囲む様にトラックの集団が飛び
出して来た。飛行型の転生トラックだ。
飛行型のトラック? と疑問に思うかもしれないが、目標に突撃して転生させる乗り物は、車だろうが飛行機だろうがドリル戦車だろうが猫車だろうが、全て転生トラックと呼ばれるのだ。
「目標補足!!」
「野郎ども抜かるなよ!」
「真っ直ぐ行って轢き●す、真っ直ぐ行って轢き●す…!!」
「転生チェストォォォォォ!!」
やたらと気合の入ったエルフの運ちゃん達。トラックには大漁旗が翻る。
合計14台のトラックが、優里目掛けて迫り来る。空間転移してきた距離が近く、空中ダッシュでもかわせない。
「あっ…」
優里の顔に絶望の表情が浮かぶ。
「ゴフッ…優里…!」
一方黄一は、肋骨が全部折れて肺に刺さり、仙術系スキル『鳥の息吹』が使えず回復が追いつかなくて動けない。
黄一は急いで、回復アイテム・マナたまごを飲み込み、喉に詰まらせた。
「「「「「「「「包囲転生陣!!!!」」」」」」」」
ズギャーン!!
「うあぁぁぁぁぁぁあっ!!」
トラックが優里を押し潰すように突撃。空中の一点で停止する。
『ピー ピー ピー バックします バックします バックします…』
トラックが後退すると、エルフの隊長が次の指令を下した。
「よし、次の目標は錐の陣で1クラス丸ごとだ、気合い入れろ!」
が、新入りらしき男が異を唱えた。
「待って下さい! 紋次郎が宇宙人に攫われました! 助けに行かないと!」
「忘れたのか丹十郎! 人様を誘拐していいのは、誘拐される覚悟のあるやつだけだ!」
「しかし、隊長! 紋」
ビビビビビビビビ!!
新入りが言葉をいい終わる前に、流れトラクタービームが隊長のトラックをゲットだぜした。
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! 何してんだお前ら早く俺を助けろぉぉぉぉ!!」
隊長のトラックは私掠船に吸い込まれて行った。だが、エルフ達は流石にプロ、すぐに立て直した。副隊長と思わしき男が声を上げる。
「転生トラック乗り心得復唱! 拐かされて捜索願い出す者無し!」
「「「「「「拐かされて捜索願い出す者無し! 拐かされて捜索願い出す者無し! 拐かされて捜索願い出す者無し! 語呂悪っ!!」」」」」」
トラックの群れは瞬時に離脱。次元ゲートを展開し、その中へと消えて
いった。
ドシャア!
悶絶する黄一の真横に、優里が落ちて来た。右の八重歯が欠けただけで、目立った外傷はないが瀕死だ。
優里は震える手でポケットから布切れを取り出し、側溝に投げ捨てた。
どう見てもパンツな布切れに黄一は一瞬目を奪われたが、今はそんな事を気に
している場合では無かった。
「ゲホッ、優里、どうして…! 俺なら飛んでかわせたのにゴボォッ!!」
ビチャビチャ!
どう見てもトラックに轢かれてない黄一の方が重症だった。
「私を抱えたままじゃ逃げ切れないって、危機察知スキルが反応して…私は、
もうダメ…コーイチは?」
ひょこっ!
優里の魂が耳から出てきた。もう長くないだろう…
ニュルニュルニュルニュル…
いや長いな魂。1m位あるぞ。
「ちょっとアバラバラバラなくらい」
喋る度に口からドバドバ血が出ているが、この程度で死にはしない。さっき飲み込んだマナたまごがようやく効き始めた。
「良かった…こう、いち…私には構わず…先に学校に行って…」
「そんなこと、出来るわけないだろ…!」
「すぐ転生して…追いつくから…留年なんかしちゃ、ダメ…だよ…」
ペタン、と尻尾が倒れ、優里は息を引き取った。
「優里って…魂、長いんだな…痛っ」
魂は恥ずかしそうに尻尾で黄一のほっぺを引っ叩き、透明になっていった。
異世界に行ってしまったのだ。
「また…守れなかった…」
優里の手を握り、項垂れる黄一。私掠船の砲撃は止んでいた。先ほどまで
戦っていた私掠船は誰かの手によって沈められたようだ。
隕石の雨が降り注ぐ中、黄一は涙を零した。
超弩級末法日常系小説 へる★らいふ! 夜沼 楽桃 @Gakusen
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