第2話 行ってきますの水盃

ゴスッ ゴスッ ゴスッ ゴスッ ゴスッ…


 エリザが一升瓶に入った米を棒で搗きながら、テレビで朝の占いを見ている。

天曜日てんようびの、ゴートゥーヘルUFO占い!! それでは早速…落ちろ羽虫が!!』


 ヒュゴッ……ズゴォン!!!


 今人気の女子アナ、蛇園ひばかりが空高く飛び上がり、衛星軌道上の侵略

宇宙人のUFOを殴って真っ二つにした。UFO瓦割り準1級の腕は伊達ではない。


 ひばかりはUFO並みの変則的な鋭角軌道を描き、5秒と経たずカメラの前に

戻ってくる。そしてUFOを振り返り、指をパチンと鳴らす。


 次の瞬間、UFOは大爆発し、綺麗な花火となって宇宙に消えた。

 この爆発の色や形で吉凶を占うのだ。撲殺による卜占、撲占ぼくせんである。


『今日一番ラッキーなのは、ジャイアントモア座のあなた! 死して名を残す

でしょう! 教科書に載るかも! ラッキーアイテムは裸の特異点!』

「ほう…お爺様の元へ行けるかもしれませんね」

 エリザが嬉しそうに尻尾を降った。


『そして今日一番アンラッキーなのは、パンジャンドラム座のあなた! 

かなりハードな異世界転生するかもしれません! スキル引き継ぎの準備を

済ませましょう! ラッキーアイテムはランゲルハンス島!』


 続いて天気予報のコーナーになった。

『本日の降核確率は30%、所によりコロニーが降るでしょう。体の弱い方は外出

を控えて下さい』


「コロニー…今日はコロニー神社のお祭りでしたね。屋台巡りしないと…!」

 クラーケン焼きにレビヤタンのトルネード串焼き、ベヒモスのドネルケバブ、

知恵の実リンゴ飴に不和のリンゴ飴、不死鳥の唐揚げ、冷やしマンドラゴラに

チョコアンブロシア…!

 屋台での食事を想像し、さっき食べたばかりなのにエリザのお腹がなった。


 エリザの脇で、優里が歯磨きしながら新聞のテレビ欄を見ている。

「今日の特番『外来怪獣を食べて駆除! カスピ海の水干上がらせちゃい

ました!』だって」

「怪獣食べるなんて今更感がね…『平舘海峡に味噌でダム作り! 陸奥湾に

焼いた小惑星落として丸ごと味噌貝焼き!』の方が面白そうじゃない?」

「あー待って、『鳥取砂漠の謎の古代遺跡で発見された、”五つの災厄”と

書かれた棺! 封印されし災厄、全部開けちゃいます!』が面白そう!」 

「先週の魔曜日まようびに砂漠化進行したのそれかぁ…」


 黄一と優里の会話を、怒り顔のエリザが遮る。

害宙共がいちゅうどもの低俗な番組なんか見るんじゃありません! 地球を何だと思ってるんですか! 私は『銀河の辺境・ぽつねんと一つ星』が見たいです」


 ※害宙がいちゅう…外宇宙からの侵略者に対する蔑称。宇宙戦争を経験した20歳以上の地球人がよく使う。


「いーじゃん面白いんだから。今更この程度で地球滅んだりしないでしょー」

「エリザさんはガイアの包容力を甘く見過ぎだと思うな」

「近頃の若い人は、地球をもっと大切に…って、二人とも、早く出ないとまた

時空の歪みに巻き込まれますよ」

「はーい」

「まだ7時前なのに。あと30分は大丈夫だと思うんだけどな」

 文句を言いながらも、優里も支度を整える。


「今日は降核確率30%ですから、傘をどうぞ」

 エリザが取り出したのは、一見すると普通の折り畳み傘。対核兵器バリア、

通称『核の傘』だ。

「核でダメージなんてそうそうないのに、エリザさんは心配性だな」

 黄一は傘を鞄にしまった。


「私にも貸し…はっ!?」

 優里の脳内に、自分と黄一が相合傘をするイメージが閃いた。

「…何だか今日行けそうな気がする!!」

「優里は毎日学校行ってるだろ??」

 

「優里様は傘がいらないようですね。黄一さん、降コロニー確率も30%ですし、

万が一の時のためにこれを」

 エリザが取り出したのは、ゴルフクラブだった。


「これは…爺ちゃんの形見! 魔王の星魔法『カガセオ』で落ちてきた金星を

打ち返し、木星の大赤斑にホールインワンしたドライバー、『金木星きんもくせい』!!」

 黄一が子供のように目を輝かせる。


「当時の映像資料で見ましたよ、私も。金星の濃硫酸の雨が降り注ぐ中、手元の

ドライバーでナーイッショッ!! した勇姿…! かっこよかったです…」

 頬を朱に染め、うっとりするエリザ。


「ふーん、これが太陽系巻き込んだ痴話喧嘩で使われたっていう…このゴルフ

クラブ、固有スキルが『飛距離2倍』しかないよ!?」

 つまり、木星に叩き込んだコントロール能力は自前なのだ。尚、金星の濃硫酸

の雲は地球に取り残された。


「黄一さんが戦士の顔つきになったら渡すよう、預かっていたものです」

「ありがとう、エリザさん。これがあれば、学校に征く助けになるよ」

 恭しく金木星を受け取る黄一。


「ではお二方、これを…」

 エリザが盃を二人に渡す。そこに徳利から水を注ぎ、自分も盃を手にした。


「お二人とも、どうかご無事で…!」

「必ず帰ってきます」

「まだ猪の脳味噌残ってるんだよね? 夕飯もご相伴に預かりまーす」

 

 三人で水盃を酌み交わす。いつ死に別れても良いよう、家を出るたびに水盃を

酌み交わすのが日常風景なのだ。尚、盃は毎日使うので、勿体無いから割らない

のが慣習となっている。


 盃を片づけ、エリザがそっと黄一の手を握った。

「学校…サボらないで下さいね? 他のご子孫の方はこれに頼らずとも学校に

行けるんですからね???」


 ギリギリギリギリ…! エリザの両手が黄一の手を力強く握りしめる。

「はい! 絶対に!! 学校征きますから!!! 折れる!! 折れるって

(ゴキャッ)エリザさんいや砕けたぁ!!!爺ちゃんの! 爺ちゃんの名に

かけて! 行くから!!」


 黄一が戦いの日々で失った多くのモノ…そう、出席日数もその一つだ。

この程度で留年なんてしたら、一族から勘当されるし、世間に白い目で見られる

のは免れないだろう。流刑地用の異世界に流される事もあり得る。

 

(何が何でも学校へ行かなきゃ。何を犠牲にしようと、どんな手を使おうとも!)

 黄一は固く決意した。


「では、いってらっしゃい」

「「いってきまーす」」


 玄関を出て、彼方に聳え立つ学校を見据える。


 戦後、捨て場所に困った宇宙船の残骸や怪獣の骨や鱗、コロニーの破片を雑に

鋳潰して作られた高さ900mの塔…その名も私立水無沢修羅道学園。

 幼稚園から大学までエスカレーター式の学校だ。内部はエスカレーターも

エレベーターも無いが。

 いざという時に削って使う備蓄資源の塊でもある。


 上から飛び降りてくる学生に当たらないよう気をつけて、黄一達も中庭に

飛び降りる。中庭は学生でごった返していた。


 タワマンの4桁の学生達が、登校のためのパーティーを作り始めている。

 転生トラック等に狙われる確率を下げるため、登校パーティーの上限は6人と

されている。

 

 と言っても、実際は3~4人でパーティーを組むのが普通だ。天曜日は

宇宙海賊が人攫いに来るので、ある程度の戦力が必要になる。

 しかし、高校生にもなって、6人パーティー組まないと学校にも行けない軟弱者

はいない。


 この世には。そういう奴は早死にする。


 水無沢一族は弱肉強食の気風が少し強い。安全を考えるならタワマン内に

学校を作れば良いものを、子供を鍛えるためにあえて遠くに学校を作って

向かわせているのだ。


 中庭はまるで市場のように賑わっている。


「よぉーし、皆集まったな。それじゃ出発!」

 早めにメンバーが揃い、出発する者。


「回復役募集ー!」

「誰でもいいから二人来てー!」

「感知系いませんか~?」

 いつものメンバーが欠けたのか、募集をかける者。


「お姉さん、マジックポーションカロリーハーフ5つ!」

「ハイポーション10個セット頂戴!」

「ポーション1000はまだありますか!」

 回復薬を移動販売するポーションレディから、ポーションを買う者。


「おっちゃん、これ九頭竜反魂胆と百神丸とマヒトマルの代金な。

新しいの貰える?」

「おまけのカードは無いんですか? 紙風船しか残ってないの?」

 斗山とやまの薬売りから薬を買う者。

 

 親戚達を尻目に、黄一はいつものパーティーメンバーを探した。が、しかし。

「…あれ、タスクもケマリもいないな」

 見知った顔が見当たらない。優里は掲示板を見て、声を上げた。

「タスクは温泉界、ケマリは水着界に巻き込まれたってさ」


 温泉界・水着界…突如現れる時空異常。命の危険に晒されるような事態には

そうそうならないが、肌色率が高くなる。なお、1週間ほどで戻ってくる。


「いいなぁ…。じゃあ、メンバー募集かけるか、どっかに入れて貰おうか」

 黄一が、辺りを見回す。が、優里は黄一の手を掴んで、

「…二人で行こうよ」

 と上目遣いで言った。


「え、でも危なくない? ユーリは注意力散漫だし、俺は防御力低いし」

 優里の意見を、黄一が否定する。優里はむすっとした顔で、

「…やっぱこういうの、私らしくなかったかな」

 と呟いた。


「今なんか言った?」

 黄一が難聴を発症した。すると優里は、

「二 人 で 行 こ う よ」

 メキョメキョ!!

 黄一の治りかけの手の骨を握りつぶしながら同じセリフを言った。

「わかった! わかったから!!」


 周囲の学生達は、二人のやりとりを見て見ぬふりをしている。誰だって、

虎の尾を踏みたく無いのだ。


「久しぶりの登校で不安だろうけど、私が守るから、安心しなさい!」

 優里が自信満々にのたまう。縞模様の尻尾がゆらゆらと動き、上機嫌なのが

見て取れる。

「全く…威勢だけはいいんだから…」


 2人はポーションを購入し、門を出た。空を見上げると、幾つもの光が点滅

しているのが見える。海賊船を迎撃する宇宙軍の砲撃が始まったのだ。


「ほら、コーイチ! 海賊が降りて来る前にさっさと行こう!」

メキョメキョ!!

「手がぁぁぁぁっ!!」

 優里は黄一の手を取り、駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る