超弩級末法日常系小説 へる★らいふ!
夜沼 楽桃
第1話 平穏な日々の始まり
平凡な高校生の大鳥黄一は、いつもより遅い時間に目を覚ました。目覚ましを
かけ忘れていたらしく、時刻は6時2分。体を起こすと節々が痛み、前日の疲れが
残っている事にため息を零す。
鏡を覗き込むと、いつもの覇気のない顔。黄色い髪はふわふわの天然パーマで、鳥の巣のようだ。カーテンを開けると、雲ひとつない快晴。宇宙まで突き抜けるような青空が広がっていた。
季節は夏真っ盛り。近くの公園で、ラジオ体操を終えた子供達がスタンプを
押してもらっている。
「あっ、飛行機雲!」
一人の子供が空を指差す。空の彼方から一筋の飛行機雲がやってくるのが…いや、
無数に分裂した。そこからさらに分裂を繰り返し、空を覆い尽くすように広がり、大爆発した。
巨大な火球が街を包み込む。公園の少年達も炎に飲み込まれ、見渡す限りの
大地がキノコ雲の群生地と化した。
地球は核の炎に包まれた。
なんら変わり映えのない日常である。当然、人類はそれに慣れきっていた。
「んもー、日焼け止め塗ってきたのに」
ペリペリと、日焼けした小麦色の皮を剥がす少女。他の子供達もこんがりと
小麦色に焼けている。異世界の技術で超絶強化された人類が、前時代の閃光玉
程度で死ぬ筈も無い。
頬を撫でる爽やかな爆風と閃光(秒速300m・摂氏700万℃)が、眠気を
飛ばしてくれる。毎朝6時すぎに来る宇宙からの核攻撃を、人々は
『モーニングコール』
と呼んでいた。
『ラジオアクティブ体操第一~!』
ラジオから軽快な音楽と共に、体操のお兄さんの声が流れる。状態異常耐性の
未熟な小学生達が、公園で体操を始めた。ラジオアクティブ体操は、新鮮な
放射性物質(毎時60Sv相当)を取り込み、ホルミシス効果で細胞を活性化させる
仙術系スキルだ。
百年核戦争を乗り越えた人類は、汚染なしでは逆に不調を来たす体質になった。そのため、こうして放射性物質を適度に取り込んでいるのだ。
夏休みが終わる頃には子供達も、髪や甲状腺を青く輝かせ、口から放射線
ビーム(γ線)を吐けるようになるだろう。
第一大穢土タワーから放たれた天候魔法が、キノコ雲を雑に一掃する。代わりに入道雲が現れ、一気に夏の空気に変わった。ヒグラシの鳴き声も聞こえる。
平穏な1日の始まりに、黄一はしばし感じ入る。
ヒュオォォォォ… ズダン!!
「おはよーコーイチ!!」
200m先の団地…巨獣性が売りのケナガマンモス団地西棟から跳んで来た少女が、黄一の部屋の外壁に着地した。彼女は白虎の獣人、寅田優里。黄一の幼馴染である。
こうやってよく朝飯をたかりに来る。夕飯もたかる。学校では弁当もたかる。
骨までしゃぶりつくす勢いである。
黄一は、五階の窓枠にぶら下がる優里に挨拶した。
「おはよう優里。今日も元気そうだね」
「そっちはなんかお疲れじゃない? それでいてスッキリした顔してるような…
何かあったの?」
「まぁね。一区切りついたとこかな。…ただいま、優里」
黄一が遠い目をして答える。人知れず繰り広げられた、4クールにも及ぶ戦いの
日々を思い出す。多くのものを失い、多くのものを得た。地球の命運をかけた
戦いだったが、この世界のどこにでもいるごく普通の高校生の、特筆する事の
ないありふれた話なので詳細は割愛する。
地球はいつだって危機に晒されているのだ。
まるで何年も会っていなかったような黄一の視線に、優里は首を傾げる。
「よくわかんないけど、おかえり、コーイチ。じゃあ、朝ご飯にしよ?」
遠慮なく窓から入って来る優里。持参したスリッパを鞄から取り出す。
「自分ちで食べて来てるんだよね?」
「あれは文字通り朝飯前ってやつ。それに美味いものは別腹だよ。うちのメイド
ロボは型落ちだから、最新の異世界系料理に対応できなくってさ」
両親は共(戦)働きで家に、というか地上に不在で、家事はメイドに任せっきりというのは、この世界ではよくある事である。
部屋から出ようとしたタイミングで、ドアが開かれた。
「おはようございます、黄一さん。朝食が出来ていますよ」
ノックもせず部屋に入って来たのは獣人メイドのエリザ。ふわふわの短い茶髪
に犬耳、人懐っこい目の丸顔の女性だ。ラマルク進化の果てに人の似姿を得た、
ラマルク秋田犬(4才)である。
元が大型犬だけあって、人間形態でも黄一より背が高い。体重も(略)
「おはようエリザさん」
「お邪魔してまーす。私の分あるよね?」
「ええ、存分に召し上がっていって下さい。その前に、仏壇に手を合わせて
下さいね?」
仏壇の上には、3つの遺影が並んでいた。異世界転生してハーレムを築いて
帰って来た曽曽曽祖父、水無沢孤狼(享年187歳・白米寿)の遺影。そして、
黄一の弟である青二と、妹の朱三の遺影。壁には同じタワマン住人の集合写真。
孤狼の子孫とその家族、8538人が映った畳一畳サイズのパノラマ写真だ。
青二はシャチ台風の夜に、ほしぴかりの田んぼの様子を見に行って行方不明。
朱三は斗千鬼県を旅行中に千夕ヶ茸に魅入られ、山に入って行方不明。
1ヶ月経っても行方がわからず、死亡したものとして扱われている。
この世界ではよくある事で、三割位の確率でパワーアップして帰ってくる。
地獄の刑期を一年短縮する減免線香に火を付け、三人は手を合わせた。
「もうすぐ爺ちゃんの三回忌か…酷い死に方だったね」
「あらゆる死に対して耐性を持った不死身の筈のあの方が、あんな死に方をする
なんて…!」
エリザが嗚咽を漏らす。孤狼が亡くなった時、彼女は膝の上で一緒にテレビを
見ていたのだ。
「あの方が好きだった小説がドラマ化して、それが原作ブレイクしなければ…
主役を似ても似つかぬゴリ押し女優にキャスティングしなければ、あの方は憤死
などしなかったのに…!!」
エリザの爪が手のひらに食い込み…いや、貫通している。ストクってる。
「魔王ベルクロア…まさかこんな手段で爺ちゃんを暗殺して見せるなんて…!」
黄一が冷や汗を流す。孤狼の長年の宿敵、魔王ベルクロア。孤狼の最初の妻。
たまに会うとお小遣いをくれる。
孤狼が異世界で倒した後、なんやかんやでくっついたり離れたり、何人か
子供を作ったりしたが籍は入れていない。
今は孤狼を倒したせいで燃え尽き症候群になり、ボケも進行。日がな一日
ベランダで第二金星(
ベルクロア曰く、
「ほんの嫌がらせのつもりだった。まさかあれで死ぬとか思わないだろ普通…」
との事だ。
「………」
何回聞いてもアホな死に方だなぁ、と優里の瞳が言っている。が、口にすると
エリザが激怒するので、言わないだけの分別が彼女にはあった。
「そんな事よりお腹すいた」グゥ~
「そんな事とは何ですか!?」
「落ち着いて、落ち着いてエリザさん」
なんか美味しいものが食べたい、と優里の腹が言っている。そして、口にして
エリザを激怒させても、言ってしまう食欲が彼女にはあった。
牙を剥き出しにして怒るエリザを何とか宥めすかし、リビングに向かった。
朝食は、昨日道路に出現した猪の骨付き肉だった。4mにも満たない大きさの
うりぼうだが、半年で50mにまで育つ怪獣種である。プール帰りの小学生達に
サッカーボール代わりにされて殺された。
猪は畑を荒らすので、親の仇のように嫌われている。皆さんも、
『朝の猪は親に似ていても殺せ、夜の猪は親の仇に似てなくても殺せ』
と言う諺を聞いた事があるだろう。
猪怪獣によって農作物を荒らされて起こった飢饉、「
兎に角猪は殺すべし、是非もなければ、慈悲もない。
「おいしーい♡」
満面の笑みを浮かべて舌鼓を打つ優里。
「でしょう? 天然怪獣素材100%ですからね。合成怪獣とはモノが違います」
手料理を褒められ、得意げな笑みを浮かべるエリザ。尻尾をちぎれんばかりに
振っている。塩振って焼いただけのくせに。
「合成モノなんてジャンクフードだよね。遺伝子いじってるやつは味も風味もダメダメ」
「そりゃ、味をよくするために合成された訳じゃ無いからね」
侵略宇宙人から怪獣兵器が頻繁に放り込まれるので、今の地球では安定した
農耕が難しくなっている。なので、怪獣を食べる事で食糧問題に対処していた。
怪獣1匹で七都市潤うと言われている。野菜に飢えているので、植物怪獣が来た
日にはお祭り騒ぎだ。
「ご馳走様でした」
今日の朝食は肉オンリー。野菜とか全くない。黄一の皿には、肉が一片も付いていない綺麗な骨しか乗っていない。が、しかし。
「黄一さん、また骨を残して…そんなだからすぐ骨折するんですよ」
「俺は獣人じゃ無いし…自然回復量でカバー出来るからいいんです」
「いやいやコーイチくん。無理せず残していいんだよ。私が貰うから」
「あっ、ずるい。私も欲しいです」
優里が黄一の皿から骨を取ろうとすると、エリザが止めた。
「半分こしなさい」
やれやれ、と苦笑いして黄一が嗜める。
「んじゃもーらいっ♪」
「私ももーらいっ♪」
バキャ! 割り箸でも割るように、腕程もある骨を真っ二つ。
言い忘れていたが、彼女達の分の骨付き肉は生である。ビタミン不足しがち
だから仕方ない。
ガリ ゴリ ぺき ばき コリコリ ごキャッ…
口の端から猪の血や骨髄を滴らせ、笑顔で骨を咀嚼し、味わう獣人達。
(あぁ…ようやく、帰って来たんだな、俺…)
これが、大鳥黄一が取り戻した平穏な日常風景であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます