歌ウサギ2


『聞きましたよ路傍さん!最近、ねねちゃんとセッションされてるんですって?』

セッションなどとご大層な物言いをされ、タブレットの向こうで三秒ほどマヌケ面を晒す羽目になった。

気付いてああベンベン、と膝を打つ。


「って、何故ご存知なんです?」

『ソースはねねちゃん担当保育士です(キリッ)』

キリッ、じゃねーよ!このダダ漏れ担当職員めが!いいのか個人情報を保護しなくて?と疑問は浮かぶがまあ良い。どうせ盗聴されてますし。

「セッションって……そんな大袈裟なものではありませんし、高々ベース使って単純な童謡つまびいたぐらいですよ」

『それでも、ねねちゃん大喜びだったそうで保育士さんに何度も何度もベンベンの話をするとニコニコ仰ってましたよ?音楽は情操教育にも良いですし、また良ければお時間ある時に誘ってあげてください(なんだ〜やっぱ路傍さんいい人なんじゃ〜ん、すげー嬉しいし安心するし気分アガる〜)』

「あ、はい」

楽しかったのか。なら良かった。

あと、職員さん興奮しすぎでは。落ち着け。

俺はシェリーの付属品みたいなポジションなんだから、ほぼほぼ一般人レベルだぞ?と内心照れ臭くなってボヤく。


「ところで」

『はい(あれ、しくじった?)』

違います、安心して。全くの別件です。


「保育士さんって、昼間ねねちゃんにつきっきりでリモート保育されてる方」

『はい、そうです(可愛いっすよね)』


知らんがな。


「その方と、ねねはいつ話をしてるんです?」

あー、と感嘆の後に(やべっ)としくじりを焦る心の声が。

大丈夫、最初から口滑らせてたのは気付いてますから。


『あのー、一日のリモート保育始める前に、今日のごあいさつをするじゃないですか(誤魔化すだけ無駄だねこれ、後で始末書つらー)』

「あ、ハイ」

その潔さや良し。チクらずにおいてあげようね。


『その時に訊いてるんです、最近楽しいことあったかなー?って』

「あーね」

なるほど把握、単なる世間話か。


「とすると、ねねちゃん割と音楽好きなのかな」

『大好きっぽいっすよ!(さすロボさん!)』

いちいち(内心)褒めちぎるのはおやめ下さい照れます。


「あ、はい。気に留めておきます」

『よろしくお願い致します!それでは〜』


担当職員との定時連絡終了。

これからおやつタイムである。

今日は簡単に既製品のパンケーキをチンしてメイプルソースで頂く予定だ。

これはねねだけでなくさくらさんも楽しみにしている。無論、私も。

パンケーキは世界を平和にするよね。粉と卵で自家製!と洒落こみたいが、この非常時に洗い物を増やすのはどうにも気が引ける。それにホットケーキミックスやロングライフ牛乳はともかく、最近は新鮮な生卵も高額になってきた。無料配給品は四個入りで20ポイント(例えば一人暮らしは一人100ポイント内で食事の配給品内容を決める。二割で四個は暴利がすぎると不満ブーブーだ)、有償追加なら6個入りで498円とか、日に日に新鮮卵が遠ざかっていく。一般東京家庭の目玉焼きフリークやTKG信者は嘆いているに違いない。政府的には備蓄が容易でクール便に運送統一出来る出来合いの冷凍食品とサプリを選んで欲しがってるのがミエミエだ。加工食品なら場所さえ揃えば管理が容易だと、こないだニュースで担当大臣が青筋浮かべてたし。現場的にはどうか知らないけど……あ、今度ラジオ冒頭の投稿コメントコーナーのお題にしてみようかな。後で田児さんに投げておこう。


「ロボちゃん!(おやちゅのじかん!)」

「はい、おやつにしましょうね。今日はホットケーキですよ」

やったー、と小さい歓声をあげてウサちゃんをギュッとする。

ねねは喜びようも奥ゆかしい。

これでも大分打ち解けてきたようには思うが、どうしても羽目を外す・騒ぐ・大きな声を出す、といった「迂闊な」=「ごく自然な気持ち」の動作を反射的に躊躇う仕草が見受けられる。


理由は今更述べるまでもない。


「今日もフカフカのおやつですねぇ!」

さくらさんのニッコニコぶりに、ねねも「ね!」とニコニコだ。笑顔は誰かを幸せにするね。


「私、油揚げとホットケーキには目がないんですの。お恥ずかしいわ」

「どーして?さくらちゃん」

「だって私オトナですから。大人がおやつ大好き!なんて外で言ったら笑われてしまわないかしら」

「そんなことないよ!ねねとたべよ!」

ねねちゃんもだいすきよ!と力説され、あらあらうふふ、とさくらさんはねねをナデナデする。


「そうですよ、さくらさん。最近は男の甘党も市民権を得てきましたし」

「そうですの?私流行りには疎くて」

「そうよ!ロボちゃんもあまいのすきでしょ?」

「あら!よくご存知ですわ、ねねちゃん」

ナチュラルに否定しないさくらさん。まあ、概ね合っているので良し。

「しってるよ!だってあんこちゃんのパンたべてるし」

「アッハイよくご存知で」

甘党なのは昔からだ。酒も嗜む程度と言い張る。

「今日はメイプルソースで頂きましょうね」

はーい、とねねは小さい声で、だがピシッとまっすぐ天井に手を伸ばした。



その日の夜。

ねねが寝静まるのを待ってそっと部屋に忍び入る。

時間は午前様。ねねはよく眠っているようだ。

足音と気配を忍ばせて枕元に歩み寄ると、視線と気配を感じる。

ねねの枕元で、彼女の傍らに寝かされたうさちゃんのぬいぐるみと目が合った。

つぶらな赤いビーズの瞳は、確かにこちらを見ている。

私は人差し指を立てシー、と唇を立てた。


「(こんばんは、うさぎさん。私は君と話をしに来たんだ)」

念力をうさちゃんに向けると、少し間を置いて返事があった?


『(私と?)』

うさちゃんの声は、ねねと同じか少し上くらいの少女を思わせた。

突然の来訪とご指名に戸惑っているようだ。


「(そう、あなたとです。ちょっと、よろしいですかね)」

『(いいけど、ねねちゃんが起きるわ。この子ね、音に敏感だから)』

「(でしたら、リビングに移動して)」

『(それも駄目。私が居ないと安心して眠れないのよ)』

警戒しているようでもあるが、言っている事に間違いや誤魔化しみたいな言い訳めいた霊言は聞こえてこない。事実のようだ。

「(ねねちゃんは耳がいいんだね。それなら)」

ねねの枕元に合わせて腰を下ろし屈むと、静かに息を吸い込み子守唄を口ずさむ。


二十年ぶりだろうか、いやもっとか。

弟にしかした事は無いし、これも単純に歌っているだけではない。

確実に朝まで寝かしつける為にしている。

声音に意図的に霊力を纏わせた「霊言れいごん」を用いて、優しい子守唄で強制的に深い眠りへ入眠するよう仕向けている。

言霊の応用で、喜怒哀楽や休息、様々な感情を抱くように指向性を持った霊力を言霊に付与する術だ。術を放つ際の威力向上や精度強化となり、私のような水属性の霊性持ちが得意とする、いわゆる「バフ付与」能力。


誓って言うが、この力でミュージシャンとして売れた訳ではない。

むしろ対霊能案件担当課に属する警視の兄がいる手前、霊言を悪用すれば秒で兄貴にバレる。

文字通り秒殺だ。

言い訳を捏ねくり回す暇さえ与えられずにスマホが鳴り、受信したら目の前に本人が来て「こんばんは」される未来しか見えない。

兄貴は強すぎて隠しようがないのだ。

実社会でも霊能者としても陰陽師としても敵わない相手。

同じお師匠の兄弟子であり第二の師匠みたいな存在、一度も勝てた事さえ無いしむしろ尊敬してる。

そんな相手に手錠をかけられるリスクなど負いたくない。

両親亡き後親代わりでさえあった兄の顔を潰す真似など出来ない。……もっと言えば、この厄介な霊力の「上位版」を生まれつき持ち合わせていたが故にアイリス時代は多大な苦労もしたけれど、それも今は昔だ。


ねんねんころりよのワンフレーズを繰り返し口ずさむ。

三回、五回と重ねるごとに、寝息が長く細くなる。こんなところで良いだろう。


「(これでよろしいですかね?)」

『(仕方ないわねー)』

年貢の納め時と腹を括った様子の彼女をそっと持ち上げ、リビングに移動する。



「(では、お話しましょうか)」

ソファ上のクッションに恭しくお鎮まりいただき、向かいあうように着座する。会話は相変わらず霊言を用いているから、傍目に見ている分には私が無言でうさちゃんを見据えているだけという非常にシュールな絵面となっている。


『(で、私の何を知りたいのかしら)』

「(君、本当は何てお名前なんです?何処から来たとか)」

『(えっ?そこ?ねねちゃんの秘密コソコソ話とかでなく?信じられない!!)』

心底ガッカリ!と言いたげにうさちゃんの念力が猛々しさを増す。


「(いやだって、あなたが悪い存在かどうか見極めないと、ねねちゃんに悪影響かもしれませんし?)」

『(ヤダッ頭きちゃう!私これでもねねちゃんのお友達ランキング不動の一位を三年間守り通してるんですけど?!ねねちゃんがアルティメットハイパーキュートベイビーだった頃からねねちゃんの子守りを担ってきたねねちゃんマスターなんですからね?一日二日で知った気になってるお兄さんとは年季が違いますので)』

「(アッハイすみません)」


何故謝っているんだ俺は。しっかりしろ。


「(とすると、産まれた時から一緒なのか)」

『(そうよー。私、ねねちゃんのことは大体知ってる。知らないのはねねちゃんパパくらい)』

「(君自身は何者?)」

『(んー……よくわかんない!気付いたらここに居た感じ?)』

「(ふむ……)」


うさちゃんの霊力自体はさほどでもないし、害になるような悪意や利己的な意思も感じられない。

ちょっとばかり、ねねに対して執着強いかな?と思う程度だ。

若干ねねよりも歳上な印象を受けるし、語彙も彼女より多い。

多少おませな小学校高学年女子と話してる感じだから、前世を忘れた児童の浮遊霊だった可能性は否めないが霊性に濁りも無い。

それなら目くじらを立てる必要も無い、か。


「(普通の付喪神だな)」

『(そゆこと)』


あっさり認めましたよこの子。ノリが軽いな。


『(知りたかったのは、そこ?)』

「(まあ、そうですね。普通の変態や犯罪者なら警察やお役所に対応していただけますが、霊的な存在に対応出来る人間は限られてますので)」

『(ねねちゃんのために?)』

「(そうなりますね。幼児は誑かされやすいですから)」


実体験に基づく知見だ、そこは誤魔化されない。

うさちゃんはフーン、と鼻を鳴らした。


『(私の見立ては間違っていなかったようね)』

「(と、言いますと)」

『(ここなら、当分ねねちゃんが安心して暮らせるんじゃないかって。そう踏んでたわけ)』

「(と言いますと)」

『(貴方を信用したげる、って話)』


おや、思いがけずねねちゃんスピリチュアル保護者のお墨付きを頂いてしまった。

ありがとうございます、とお返しするといーえ、と慇懃な返事が聞こえた。


『(ちょっと失礼かなーっと思ったけど、ねねちゃんの為だったから水に流してあげる)』

「(ありがとうございます)」

『(別にー?でもすんなり信じて貰えたのは、ちょっと嬉しかったかもね?)』

「(それはまあ、経験が無い訳でもないから)」

『(というと?)』


訊かれて、若干胸が痛む。


「(昔、私にも居たんですよ)」

『(おともだち?)』

「(ええ。大学卒業する半年前まで、確かに傍らに居たのです)」

『(今はもう居ないの?)』

「(居ますよ)」


ただ、もう触れ合う事が出来ないだけで。


水緒みおを認知出来なくなって、もう四年が経つ。

その間に、赤ん坊は小さな人間に育つんだ。

そんなことを思って、少し泣きたくなった。

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