歌ウサギ1
*
サンドイッチパーティは和やかに進んだ。
ねねはリンゴジャムとマーマレードが気に入ったようで、正方形のスライスパンに半分ずつ、チューブをたっぷりと絞ってサンドし二等分する。果物ジャムのハーフ&ハーフは大変好評で、追加で用意していたミルククリームと合わせてジャムの試供品が全て無くなる盛況ぶりであった。
私もバナナや梨のジャムに舌鼓。
どれも美味でした。ありがとうスポンサー。
「おなかいっぱい!(食べ過ぎちゃった)」
「幸せですねぇ」
片付けを済ませ、三人で幸せの余韻を噛み締める。
「朝用のジャムを買いましょうか。何味がいいです?」
「ママちゃんレイド!」
「マーマレードですね、了解」
あっ、呟いてすぐに(まちがえちゃった)とねねはこっそり頬を染めて照れる。
「さくらさんはどうされます?朝のジャム」
「私は、そんなに食べませんけど……良ければ赤いぶどうのジャムを」
「あれも美味しかったですね。では追加を」
二品購買リストに追加すると、来週の土曜日には来ますからね、ふたりに答える。嬉しそうだ。
「ねねちゃん、今日はこれから何したいです?」
「え?」
「今日は日曜日です。リモート学習、お勉強のお時間もありません。昨日は荷物の片付けした後にすぐお昼寝してしまいましたが、今日も好きなことをしていい日です」
「いいの?」
「いいんです」
いいんだって、とねねはうさちゃんにコソコソ話しかけギュッと抱く。
「ロボちゃんは、なにしてあそびますか?(ロボちゃんとあそびたいな)」
「私ですか?」
「そうです!」
私かぁ。何がしたいだろう。
「私はベースの練習でもしようかと思っていましたが」
「ベーシュ」
「楽器です。ギターとよく似ていますが、より低い音が出ます」
見せた方が早いかな?とふと思い立つ。
「見ますか?ベース」
「みる!」
言ってみるものだ。
なら三階に行きますかと、ねねを連れて階段を上がった。
*
仕事部屋の録音室に人を入れるのは久しぶりだ。
今こそリモートラジオパーソナリティとしての部屋だが、エリちゃんと二人で作曲したりセッションしたり、思えば二人だけの専用ルーム扱いだったか。そう思うと一瞬惜しくなった自分の小ささが少しばかり恥ずかしい。
ただ楽器を見せるだけじゃないか。
板張りの室内にはマイク設置されたデスクと工学チェア、隅に固められた音響機材、壁には嵌め込み型のスピーカー。卓上には手元で楽に操作可能なタブレットサイズの操作用プレートがあるぐらい。壁に掛けた六本の弦楽器から手馴れた相棒を取り外すと、ミニアンプを手元に引き寄せる。
「まず、これがベース」
「ベーシュ」
触りますか?とボディ側を差し出すとねねは怖々穴を覗き込む。
「そう、ベース。弦が四本。私の相棒ですね」
愛用するフェンディーのジャズベース、これは三代目。初代は安物だったのでプロになった時点で買い替え(多分まだ実家にある)、次のは不幸な事故でお亡くなりになった。これも値段はそこそこだが手に馴染むしチューニングしやすい。
「ベンベン」
「べんべん?」
「アオパパのババちゃんがそう言ってた」
ババちゃん、と聞いて脳裏に老け込んだアオトの母親が浮かぶ。ねねの記憶アーカイブから意識に浮かんだ映像を受信したようだ。……なるほど、ねねのおばあちゃん、か。らしい姿というべきか、あの若作りおばちゃんもめっきり年相応になっちゃって。
あんなにハンドエステだ美顔器だとか言ってたのに、一瞬わからないレベルのシワシワで天パグルグル状態になっていた。関東出身のはずなのに、見た目大阪のおばちゃんそのままの見事な紫ブロッコリーが瞼裏に浮かんでいた。
「ねねちゃん、こういうの見た事ある?」
うん!と力強く頷く彼女に、ほぉ、と感心する。
アオトの奴、俺はボーカルメインで攻める!とか吠えてた癖にやはりエレギの練習し始めてたかな?無駄な足掻き乙。
なら最初っからガッツリ練習しとけやコノヤロー!!ボケナス!!アオナスビ!!という感想しか浮かばない。我ながら冷たい事だ。
「それ、多分弦の数がもっと沢山あったんじゃないかな?」
弦っていうのはこれね、と四弦を指差す。
「うーん」
ねねは首を傾げている。
「あかかった!」
「赤かったかぁ」
ボディの色しか見分けつかないか。そりゃそうだ。
「でもね、アレと似てたよ」
「どれ?」
ねねの指差した一台に、ほぉ、と溜息が零れる。
極彩色で無造作にペンキを塗りたくった風の、カラフルなRGBの飛沫飛び散る弾けたデザインの一台。
少し小ぶりなのは持ち主用にカスタマイズされているからだ。
「かわいい!」
「そうだね、可愛いね」
多分、弦の数というより形を見て一番好みの一台を選んだのだろう。
なかなか良いセンスじゃないかと、内心ねねをちょっとだけ褒める。
「あれベンベンして」
「あれはダメです」
「どーして?」
「あれはエレキギター」
「えれち」
「そう、エレギ。私ベースは弾けてもあちらは弾けませんので」
「同じじゃないの?」
「弦の数が違います。音の出し方も、少し違うのですよ」
三歳児にフレットだなんだと説明するのは分かりにくかろう。
とすると端的にならざるを得ない。
それに、と一番大事な事を教える。
「あの一台は、私のモノではないからです」
「……?」
「他の人の持ち物なのです。他の人のものは、勝手に触れたり動かしたりしてはいけません。特に楽器はデリケートですから、みだりに手垢をつけたら怒られてしまいます」
「ほかのひとの」
「そう。例えばうさちゃんは、ねねちゃんの持ち物でしょ?」
「うさちゃんは、おともだちよ!」
(((ちがう!)))と、とびきり強い思念波で叱られ、ごめんなさいとすぐさま謝る。
「すみません、おともだち、でしたね。でも、そのうさちゃんを勝手に私が持ち出したらイヤでしょう?」
「うん」
それはわかるようで、すぐに沈静化する。切り替えが早くてお兄さん助かります。
「それと同じ事。勝手に触ったり、持ち出したりしたらいけないのです」
その上で、と前置きし。
「この家には、勝手に触ってはいけないもの、入ってはいけない場所があります」
「そうなの?」
「そうです。ねねちゃんは、今までねんねしているお部屋か台所、テレビの部屋だけだったのでお伝えしていませんでしたが、これからしばらくはこのお家で過ごす事になるのでご連絡致します」
「はい(ドキドキ)」
緊張してるの可愛いすぎない?まあそれはそれとして、壁掛けのギター達に視線を向ける。
「あのギターはね、このお家で一緒に暮らしていた、シェリーという女の子の大事な楽器です」
「シェリーちゃんの」
「そうです。彼女が使っていたギター。だから、私は壊れたりしないように手入れをしたりお掃除をしたりと気をつけていますが、基本的に触ったり弾いたりはしません。彼女に「使ってもいい?」と訊いていませんし、誰か他の人の持ち物は、持ち主に良いかどうか訊いてからでないと、触ってはいけないからです。分かりますか?ねねちゃん」
「うん(わかるよ!)」
内側の方が元気なお返事である。
「このお家は、私とシェリーのお家なんです。だから、使ってる場所も半分ずつあります。シェリーのお部屋は鍵をかけていますから入れないのですが、ここみたいに二人で使っていた部屋には彼女の持ち物がいくつかあります。触っていいかどうかはお教えしますので、必ず私に尋ねてください。そして覚えてくださいね」
はい!と、ねねも今度はちゃんと元気なお返事ができた。
良い兆候だと好ましく思う。
「でも、シェリーちゃんでてこないね。どこのおへやにいるの?」
「今、彼女は香港にいます」
「ほんこん」
「外国です」
「どうして?」
「ひいおばあちゃんの最期のお願いを叶える為です。生涯でたった一度きり、港で出会い港で別れた香港人のひいおじいちゃんに会いたいと言っていたそうです。もうお亡くなりになりましたが、そのひいおばあちゃんのかわりに、形見の十字架を持ってひいおじいちゃんを探しに行ったきりなんです」
「すきだったんだ」
「そうです。一生に一度の恋。シンデレラみたいでしょ?」
「シンデレラってなーに?」
その時、御堂坂路傍に衝撃が走った。
この幼女はシンデレラを知らないのだ。
え?嘘!プリティア好きならディズ○ーとか当然知ってて好きだとばかり。
陰陽師は猛烈に焦っている。並びに混乱している!
おいおいおいおいアオババ並びにクソ霧香並びに今までの保護者一同!お前ら本の読み聞かせぐらいしろよ!何やってんの?!基本の昔話くらい履修させとこ!?マジで!マジで!!!
……ひとしきり腹の底で毒づいたら落ち着いた。ひとまず現状確認だ。
「ねねちゃん、シンデレラ知らない?」
「んー(なんだろね?うさちゃん)」
ねねが眉根に皺を畳むと、彼女の手元から微かな気配の動きを感じ咄嗟に視線を逸らす。
気付かれて気配を隠されては面倒になりそうだ。
(たずねたらいいよ!ロボちゃんはおしえてくれそうじゃない?)
……だが確かに霊言は聞こえた。
どうやらイマジナリーフレンドではないらしい。
「何か」が確かにうさちゃんの内側に宿っていると確信する。
「おしえて!」
「はい、わかりました。後で調べましょうね」
「うん!(やった!)」
ねねの弾む(内心の)声に続けて(やったね!)と小さな声もはっきりと聞こえた。
……古典的な童話は履修済みと思って現代的な絵本をタブレットで選んでいたが、今度からは基本的な作品からチョイスしていくか。できたら、かこさとし先生あたりは時々混ぜていきたいが。(個人の趣味と見解です)
よし、後ほど考えよう。
「では、この後どうします?ベンベンは」
「しゅる!ベンベンして!」
「弾きましょうか?」
「おしゃんぽ!」
「おさんぽ?」
「おとなりトロロのおしゃんぽテクテクうたう!いっちょにベンベンして!(ねねちゃんうたう!!)」
ねねが初めて自分からやる気を見せるとは。
私もちょっとどころでなく嬉しくなったらしい、気づけばその日は夕方まで飽きる事なくベンベンして遊んだ。
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