まがった僕のしっぽ2


その日の昼、またしても区役所から担当を名乗るスーツ姿の男が来た。

央崎と名乗ると、昨日の職員を引き連れて先頭切って乗り込むなり対面のソファにどっかりと座り込む。見るからに一番偉そう、もとい上役の男なのだろう。五歳上の兄がいる身だが、彼より歳上か同じくらいに見える。若いが出世頭といったところか。

ねねはさくらさんと私に挟まれ、大人たちの顔色を窺っている。さくらさんは勿論、人間の姿に変化してもらっている。準備万端だ。


「ここ数日お騒がせして申し訳ありません」

まずはお詫びから入り、こちらが書類一式となります、と先日山ほど記名した契約書一式が入った角二封筒を手渡される。


「わざわざありがとうございます」

「これで、緊急の児童保護者承認手続は全て完了です。後は、定期的な職員訪問と医師によるリモート診察がありますので、そちらは随時メールにてご連絡を。また平日のリモート教育プログラムに関する注意書きにも目を通しておいてください。こちらで対象児童が確認出来なくなった場合、事前連絡なく職員が自宅訪問に伺う場合もありますのでご注意ください」

詳しくはこちらになります、と別の封筒からリーフレットを二・三枚出して説明されるとすぐに目を通す。


「職員さん、これ区内全域フォローしてるだけでも大変なのでは?」

お察し頂けますか、と央崎は前のめり気味に食いつく。

「児童保護施設内はまだ全数把握が容易な分助かりますが、個々人のケアが圧倒的に不足し各施設で問題行動を起こす児童が多発しています。やはりマンツーマンとなれる親子または養父母の存在があればこちらとしても助かるのですが、そうなると」

「家庭内暴力が見えづらくなる」

「そうです。問題なければ良いのですが、やはりこの閉鎖的な生活で児童が犠牲になる事件は後を絶ちません。特に暴力による支配やストレス解消の道具にされるとか」

「怖いですねぇ」

「そうですね」

言いつつ、この央崎という男の視線、もとい目力が気になる。ギョロリとこちらを睨み見据えている。

『(見極める)』

何を見極めるのかは考えるまでもない。この男も真面目なようで安心する。

「……つかぬ事をお伺いしますが」

「どうぞ」

「寧々ちゃんの母親に対してはどうお考えで」

「親は親、子は子でしょう」

親に似ず良い子みたいですよ、とは敢えて言わず様子を見る。央崎は神妙な面持ちで低く唸る。

「実は、この子の母親が大怪我をしまして」

「首都高での事故ですね。存じています」

「はい(早い。知っていたか)」

僅かに反応した相手に、ラジオでニュースも流しますので、と牽制する。


「縁戚である、貴方の現所属事務所社長も引取りを拒否されています」

社長もか。

当然とはいえ霧香はいよいよ進退窮まっていたようだ。さもありなん。

「が、いざとなれば迅速に対応しますので」

「よろしくお願い致します」

「……はい(……一見、普通の男にしか見えんし、盗聴にも悲鳴や罵声はない。キツネがバケただのどうのと騒いでたアレがわからんが……いや、この女性が妖怪とか有り得んだろ)」


ほぉ、盗聴されてるか。

気分は悪いがそのままにしておくとしよう。

うしろ暗い事も無いし、どうせアヤカシ側の流儀は普通の皆様には通じないしわかるまい。

ただ、盗撮は困るな。(妖怪は人間に姿を見られるのを嫌うからね。サクラさんも狐姿で寛ぎ辛くなるし)後で式を使って位置特定だけさせてもらおうか。カメラを仕込まれたら即暴いてクレーム捩じ込んでやろ。


「ママ、ケガしたの?」

心配そうに、ねねが声を絞り出す。

「大丈夫だよ、今病院で治療してるから(全治六ヶ月だが命に別状無いとか悪運強すぎだよなあのお騒がせセレブ(笑))」

昨日の職員(おそらくは新人)がにこやかに真相を(内面で)暴露し吹き出しかける。そりゃあまた豪快なバチのかぶりようで。安易に子捨てしようとするからだ、思い知るがいいぞ霧香。


「そうなんだ。おむかえいつくる?」

「当分先になりそうかなぁ(半年(笑))」

「そっかぁ……(ママこない!)」

暗い実声に反して、ねねの内面から弾むような声がした。

「大丈夫だよ、すぐ治るから」

「うん……(やった!まだロボちゃんちにいられるよ、うさちゃん!)」

『(よかったね!)』


……ん?今ねねに続けて別の声がしたような。

さっき微かに聞こえた霊言の主か?

うさちゃん?ねねが抱っこしている、あの長いぬいぐるみか?

チラ、とぬいぐるみに視線を向けると、目が合った気がした。

耳の奥がザラザラした音を拾う。昨日今日で他人との接触が増えて、なまっていた霊聴能力がパキパキ表面の薄皮が剥がれるみたいに目を覚ましていくのを感じる。筋肉と同じで、何事も使わないと鈍るんだよね。

霊能力とて全盛期と比べたら雲泥だが、なければ無いで臀の座りが悪い。

贅沢な話だ。


「それでは」

「アッハイ」

央崎の言葉で現実に引き戻される。

「お任せして、良いですね」

「むしろダメなら、今言ってください」

「いや、失礼。他意は無いのです」

ただ、と央崎は真っ直ぐこちらを見据える。


「なれそうですか?親に」


ズキリ。

久しく感じていなかった胸の奥が、痛む。


親。両親。


二歳になる前に消えてなくなったきりの存在。

愛されていたかも、もう確かめようがない。

覚えている父母の姿は、いつも兄か弟を囲んでいる。

私は、それを障子の外から指を咥えて見ているだけで。


いや、父は。父だけは。

きっと信じていい。だから。


「失礼ながら、ご病気もほぼ寛解されてるとの事ですが、現在は」

「……問題ないかと」


思い出す痛み。塞がった傷。

……痛む?いや、痛くない。

もう痛くないんだ。

彼女も、兄貴も弟もいる。

徳島に帰れば梅婆やみんなもいる。

だから、もう大丈夫。


失ったものもあるけど、もう平気。


「今は薬も飲んでませんし、カウンセラーからも太鼓判を押されてます」

「後は、一番の薬が帰ってくるだけっすね」

昨日の彼は情報通で訳知りらしい。目が合うと央崎に気付かれない程度にマスク越しで目を細めている。理解のあるファンには感謝しかない。

「そうですね。それが心の支えです」

「あ、今は自分達がバッチリ支えますんで!いつでも何でも言ってくださいっス!」

「ありがとうございます」

上辺だけにならないよう謝辞を伝えると、彼はマスク越しでも透かして見えるくらいの笑顔を覗かせる。隣では央崎氏が渋い面だが。


「では、よろしくお願いします。……色々、思われる事は多々あると思いますが、非常事態の最中です。対応、御理解頂きたく存じます(こうしたレアケースは緊張するが、この子の為だ。……親の悪評で受け皿を無くすなど、本来ならあってはならない。気張らねば)」

事態の深刻さ、並びに央崎の生真面目を知る。

霧香の名を出されて、何処の保護施設にも拒否を食らったならその方が納得だ。あいつは一時期セレブ叩きの延長で散財浪費ヒス女として散々週刊誌やワイドショーでバッシングされた。つきまとうパパラッチを恫喝し逆に報道が加熱したほどで、迷惑なクレーマーになりかねない親が背後にチラついては困る、という扱いだったのだろう。

霧香の置き去りも、行政側には結果的に渡りに船だった訳だ。

自然と頭を垂れ、責任を共に背負う気持ちが湧いてくる。

大丈夫、きっと大丈夫だ。


「じゃあ、まだロボちゃんち?」

「そうです、ねねさん。私のお家でいいですか?」

「いーよ!(ここがいい!)」

彼女の言葉が一番安心する。

央崎の顔にもようやく安堵が見て取れ、大人たちの緊張した空気が解けていくようだった。


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