まがった僕のしっぽ

土曜日の朝は、貴重な二度寝出来る日だ。

毎朝と同じように三時半に起き、身支度を済ませリビングボードの頭上に拵えた棚に鎮座している実家の分け神様へ朝拝を行う。

水を替え、日供の祝詞を奏上し柏手を打ち一日を始める。いちいち袴に着替える余裕が無いので、せめて清潔な身なりはと白シャツ黒パンツに揃え、毎朝夕手を合わせている。

米、塩、酒と限られた品しか供えられていないが、今日の昼には新品の榊も宅配でやってくるので、明日朝に全て入れ替えだ。たとえ一束でも今の都内で生花類は貴重品だが、これだけは欠かせない。

昨日は朝から晩まで来客に追われて気付けば夕方をとうに過ぎており、疲れもあってそのまま礼を欠く事になってしまった。今朝はその件も合わせてよくよく頭を下げて非礼をお詫びする。神棚の分け神様はニコニコしていらした。日本の神様は子どもが好きだ。力になってやりなさい、という事らしい。よくよく感謝の意を捧げ、朝の礼拝を済ませると水を一杯頂いて部屋に戻……ろうとしたら、いつの間にか背後に気配が一人。

素でビクッとなった。

「ロボちゃんおはよう」

「おはようございます。ねねちゃん、まだ早いのでは?眠そうですよ」

長いうさちゃんをだっこして、ねねはウトウトと目をこする。

「ちっこ」

「ついて行きましょうか」

「んーん、すんだ」

頭を振ってだいじょうぶ、と言うも、ズボンの裾を掴む。

「何してたの?」

「朝のお務めです。朝拝といいます」

「ちょうはい」

「神様の朝ごはんの支度をして、祝詞を読みます」

「のり(ごはんののり?)」

「味付け海苔ではありません。祝詞。今のは朝のご挨拶ですね。ご飯をご用意したので、お食べ下さいと」

「かみさまもごはんたべる?」

「お召し上がりになります」

「パンちゃん?」

「いえ、日本の神様は白いご飯ですよ」

「どんなの?」

質問攻めにあったので、神棚の下まで誘導する。

「見えますかね。あそこです」

「みえなーい」

「ちょっと高い所にありますからね。お下げした時にお見せしましょうね」

「今見たい(だっこちて)」

そういうと、ねねはバンザイする。

「いけませんよ、ねねさん。お行儀が悪いです」

「むー(だっこ)」

「他人様の配膳を覗き見するのは意地汚い行為です。やめましょうね」

「むー……(……だっこ)」

「もう、おやすみなさい。部屋に戻りますよ」

手を差し出すと、ねねは黙って手を繋ぐ。


「ロボちゃん」

「なんですか」

布団に入ってなお、ねねは手を離さない。


「ロボちゃんはロボットですか?」

「違います。お名前のろぼう、は道端、という意味です」

「みちばたロボット?」

「違います。そもそも、ろぼう、で、ロボット、じゃありませんね?」

「むー(ちがうんだ)」

「違いますねぇ」

「ロボちゃんロボットじゃないんだ」

「そうですね」

「じゃあなんでねねちゃんにやさしいんですか?(へんなの)」

「変ですか?」

「うん」

それきり、返事も質問もなかった。代わりにすぅすぅ寝息が聞こえてきたので、路傍も朝の支度は取りやめ自室で二度寝に入った。



寝かしつけられたねねは、布団の中でまどろみながらうさちゃんをなでなでする。


『ねーぇうさちゃん』

『なぁに?ねねちゃん』

うさちゃんとは、心の中でお話をする。

うさちゃんに、そうしなさいと言われたからだ。

周りの人には、うさちゃんの心の声は聞こえないからと。


『ロボちゃんだっこしてくれないね』

『そうだねー』

こまったなぁ、とねねは思う。


『ロボちゃんにだっこしてもらったら、すぐママむかえにきてくれるんだよね』

『……そうだねー』

ママのはなしをすると、うさちゃんはいつも返事が遅れるのをねねは何となく察していた。

だが、それは何故なのかは知らない。


『ねねはね、ちゃんとおでんわできるよ?』

『そうだねー』

『だっこしてもらったよ、っていえばいいんだよね』


そしたら、またママとくらせるのだ。

これができたらプリティアのドールもおかしもたっくさんかってあげる、といわれた。アオパパのおうちはきたなかった。アオバーバはやさしかったけど、しんでしまった。そしたらもっとおうちがきたなくなって、ごはんもクチャいばかりでした。

ママのおうちにはイジワルなおじちゃんとおばあちゃん(バーバとよんだらおこられた!こわかった!)がいたけど、くちゃくなかったからだいじょうぶ。


ねねはそこまで思い出して、身を固くする。


イジワルおじちゃんをあたらしいパパちゃんとよんだら「やめろ!」とどなられた。イジワルバーバにははなしかけてもおへんじがなかった。

どっちもこわかった。

ママも、こわい。

けどママがいなくなったらねねはひとりぼっちだ。だれもいなくなる。

うさちゃんとふたりでおうちもごはんもなくなるのだ。


「だから、ママの言う事は絶対。いい?ママに逆らったら捨てるから。そうしたら道端で死んでる犬や猫みたいに車に轢かれて死ぬんだからね」

こわい。ママもこわい。

けど、ママにいわれたとおりにしないと。


「いーい?今から連れてくおうちには、お金持ちの男が住んでるから、そいつにだっこしてもらいな。だっこしてもらったら、だっこされて嫌でしたって、ギャーギャー騒ぎな。その前に、ママに電話かな?どっちにしろ、騒いだらアイツパニクるだろうから、ママはそいつからお金沢山貰ってあげるの。そしたらお菓子買えるでしょ?ママもアンタもハッピーになれるって話。お電話は、リュックの底にいれてあるから。必要な時以外触らないようにね。でないと、気づかれるよ」


だいじょおぶだよママ、ねね、ちゃんとできるよ。


『ねーぇ、ねねちゃん』

『なぁに?うさちゃん』

『ねねちゃん、すぐにママのところに戻りたい?』

『……』

わからない。ママはこわいけど、すてられるのはイヤだ。


『うさちゃん思ったんだけどー』

『うん』

『しばらくだっこしてもらわないでいいと思うの』

『どして?』

『そしたらー、しばらくこのおうちに暮らせるでしょ?毎日あったかいごはん食べられるし、布団もお風呂もお着替えも出来るでしょ?』


うさちゃんに言われて、ねねもきづきました。

そうだ。

ここにはこわいおじちゃんもおばあちゃんも……すぐにおおきなこえしてたたくこわいママもいない。

あの、おおきなおウチにはもうひとりいたけどわすれました。

そのこには、しらないこ!といわれたからです。

こわいひとたちに、ちかよるな!とどなられてとてもこわかったのです。

ずっとせまいところにいて、そこはとてもくらかった。

ママにつれていかれて、またあのくらいへやにもどって。

そんなのばかりだった。


そうか。そうだ。

だっこしてもらわなければ。


ずっとここにいられるのでは?


『そうだよ、ねねちゃん!ここにいさせてもらおうよ』

『でも、いいのかなぁ?ママちゃんがむかえにきたらどうしよう』

『来るまでいたらいいよ!だっこしてもらわなければいいんだもん!』

『そっか。……そうだね!』

『そうだよ』


そう思ったら、ねねは途端に胸がスっと軽くなりました。


ロボちゃんはとてもやさしいし、ことばもやさしいし、いろいろおしえてくれます。さくらちゃんもごはんがおいしいし、おきがえやおふろもしてくれて、やさしいからです。


ここはとてもよいところみたい。

そっか。

そうだ。

ねねはここにいたらいいんだ。


ほっとしたら、ねねはとてもねむくなりました。


『おやすみ、ねねちゃん』

うさちゃんにおやすみ、とこころのなかでおへんじをして、ねねはもういちどねむりました。



改めて、土曜日の朝。

九時前に路傍は目を覚ました。

一時間仮眠のち朝拝後にねねの寝かしつけ、その後二度寝だから……五時前に寝たとして四時間か。

メシ食ったら昼寝しよ、と決め寝間着から私服に着替える。といっても、普段着はほぼ黒のポロシャツかTシャツしか着ない。下は適当な黒いパンツ。全身真っ黒の無難かつ汚れも気にならない定番スタイル。朝夕のお勤めで白いワイシャツ着る以外は、昔からいつもこんな格好だ。決めとけば制服と同じ、楽でいい。

トントン、と忍ぶ程度の足音をさせて階下に降りると、台所も静かなままだ。

さくらさんにも朝の支度は要らないと伝えていたから、きっとまだ夢の中だろう。今朝はどうしようかなー、とのんびり構えていたら。


リビングに設えたフカフカラグの上に横たわる、狐姿のさくらさん。

その尻尾(もじゃもじゃして気持ち良い)をなでなでする幼児が一人。


「……あー、坊ちゃんいけませんよぉ坊ちゃん、そこなでなで気持ち良いとこでして……」

プピー、と鼻ちょうちんすら見える。

さくらさん、ガチで寝ぼけてやがる。

対して幼児は為されるがままな寝ぼけ狐のもじゃもじゃを堪能してご満悦だ!


あ、説明しよう。

もじゃもじゃとは!

例えば貴方が一番好きな毛布の手触りを思い浮かべてほしい。その柔らかく!フカフカで!包み込む柔らかさ!それこそが!もじゃもじゃ!なのである!以上、教科書に載ってない御堂坂家内でのみ通じる身内用語でした。語源は私。

もじゃもじゃ査定も出来ます。さくらさんの毛並みはグレード最上級。よく毛繕いもといブラッシングさせていただくついでに撫でてたから分かります。


現実逃避してる場合じゃない。

この状況どうしよう。さっそく変化がバレましたよさくらさん。さて困ったが、もう九時過ぎではいくら幼児でも寝ぼけてましたねは通用すまい。

ええいままよ、何事も無かったかのように振舞って誤魔化します(力技)。


「おはようございます」

スッ、と傍らに膝をつき、極力さくらさんを起こさない程度の囁きボイスでねねの背中に朝の挨拶を投げかけると、ねねの背中がピクン!と跳ねこちらに向き直る。向き直りつつも、その手はもじゃもじゃをなでなでしているが。


「おはようございます」

改めてもう一度言い募ると、おはようございます、と小さなお返事が。

脇ではうさちゃんが喉のくびれからヘッドロックされている。辛そうだ。


「ねねさん、うさちゃんの首が締まってます。キチンと抱っこしてあげてください」

あっ、と気づいて抱き上げ直すと、ねねは私のシャツ裾を引っ張り耳元に囁く。


「ロボちゃん、おっきいワンチャンいるよ」

「ワンチャンではありません、キツネさんです」

言い返した直後、しまった!と反省する。

「そんなの居ませんよ?」と目線逸らした隙に目くらましの術で視界から消せば良かったじゃないか!

いかん、普段ではしないミスだ。

馴れない事するからこうなってるんだなきっと。


「キツネちゃん」

「……あ、はい。そうです。私、ワンチャン苦手ですから。これはキツネさん」

「なんでいるの?」

「いるからです」

「なんで?」

「……えーと」

さくらさんの真の姿です、とは言えないのだが。

一応、世間一般では妖怪変化の類はまだまだ実在を認知されていないから。

さてどうしようかと困っていると、さくらさんがラグ上で大きく伸びをした。


『……あー!よく寝たわ。坊ちゃんおはようございます、朝からなでなでしてくださるなん』

て、と言いかけて、さくらさんは口あんぐりのままねねと見つめあっている。


「キツネちゃん、おはようございます」

『アッハイ、おはようございます』

気まずい空気に挟まれて、よくわかってない幼児は一人マイペースにさくらさんの尻毛を気持ち良くなでなでしていた。



半刻後、私とねねは台所で向かい合っていた。

傍らには温かなマグカップ。

夏とはいえ二十四時間フル冷房なので今朝は二人ともホット飲料。

私がブラックコーヒー、ねねにはホットミルクにプラスしてマロを支給。

鉄分とカルシウム補給に買っておいた麦芽ココアの味に震えろ。(美味しいよねマロ)


なお、さくらさんは直後に着替え用の支度部屋に篭ったきり出てこない。

さもありなん。

お使い狐にとって術の見破られはショックを受けて当然なのだが、こればかりは相手が悪い。

幼子相手はこういう事故がままあるから困る。


「ねねちゃん、あんバタートーストをどうぞ」

「……いただきます」

キチンと手を合わせて食べられる、ねねは行儀が良い子だ。

あのクソビッチの娘とは思えないレベルの素直な愛くるしい幼児が、無心でこしあんとバターを塗りたくったトーストにかぶりつく様はなかなかに健康的だ。

多分(保護者サイドの)健康にも効く。


「おいしい」

はにかみながら、マグカップを両手で包んでごくごく飲んでいる。現に私のテンションも上がっている。

……幼児との食事、手がかからない前提ならありよりのありありだな。


……いかん。絆されかかってやがる。

しかも早速さくらさんの正体を見られたし。

昨日から失態続きだ!

しっかりしろ陰陽師。

あの女の娘である以上、この家に長居させる訳にはいかんだろ!


「ロボちゃんたべないの?」

「え?……ああ、いただきます」

二人して黙々とあんバタートーストを齧る。気まずい。


「ロボちゃん、しつもんです」

「なんですか?」

「さくらちゃんは、キツネちゃんですか?」

わぁド直球。どうしようか。……いや、もう誤魔化さずに話しておくか。


「そうです。さくらさんは、私の実家からねねさんのお世話をして頂く為にお呼びした狐さんです」

「どしてキツネちゃん?」

「産まれた時からです」

「キツネちゃんなのに、ニンゲン?」

「そうです。ニンゲンに、化けているからです」

「ばける」

「そう。こう、ドロンと」

ニンニン、と軽く印を結んでみたが通じなかったようだ。

まだ三歳にニンジャは早かったか。


「私、実は陰陽師なのです」

「おんみょうじ(なにそれ?)」

「そう。私、表向きは神社の神主さんをしていますが、副業で陰陽師もしています。わかりますかね?神主さん。お神社は?」

ねねは難しい顔で首を左右に振る。

「お宮参りとか、七五三とか、神社にお参りした事無いですかね」

「おまいり(なんだろね?)」

ねねは、傍らのうさちゃんを見つめている。これはわかってなさそうだ。

私はブラックコーヒーを一口啜り、あんバタートーストを齧る。

さて、どうしたものかな。カフェインと糖分補給で脳を動かしましょうか。


「うーん、何と言えば良いかな。私、妖怪と仲良しなんです」

「ようかい?」

「そうです。ゲゲゲさんとか、わかります?」

「ちあない」

「知らないのかー……そっかー……」

一気にハードル上がったぞどうしようと天井を仰いでいたら。


『(……モニャンじゃないかしら)』


知らない声がした。

さくらさんではない。

耳元でないと聞き落としそうなほどに小さく甲高い声が、だが確かに聞こえた。

集中して、耳を研ぎ澄ましていると。


「あ、まってロボちゃん」

「あ、はい」

先にねねがひらめき顔で口を開いた。


「あのね、もしかしてヨウカイって、バケモニャンのこと?」


バケモニャン!少し前に流行っていた和風ADVゲーム・アヤカシウォッチか!

なるほど、昨今のちびっこにはそちらがわかりやすいか、把握した。


「そうそれです。バケモニャンは化け猫でしたね。私の実家には猫又の女性がおられますよ」

「いるの!?バケモニャン!」

「バケモニャンはいませんし、猫又もこちらにはおられません。徳島にいます」

ねねはあからさまにガッカリしている。正直か。

「バケモニャン、いないんだ」

「ごめんなさいね、いません」

「なにがいるの?」

「さくらさんと、後は必要な時にコッパさんが呼べます」

「コッパちゃん」

木っ端こっぱ天狗。わかりますかね?天狗」

「ちあない」

「なら、またお呼びした時にお見せしましょうね。あと、これから一番大事な話をしますが」

「なーに?」

「この事は、誰にもナイショです」

「ナイショ。どして?」

「妖怪や神様をお呼び出来るのは、霊能力がある人だけなのです。私みたいな陰陽師もそう。ですが、普通の人には妖怪や神様や、ましてやオバケは見えないものなのです」

「さくらちゃん、みえたよ?」

「それは、さくらさんが油断していたからです。そもそも、普通の狐さんは人間の言葉を喋りませんし、人間に化けたりもしません。あれは、さくらさんが霊験あらたかな神様にお仕えするお使い狐だから出来るのです」

「ふつうはできない」

「そう、普通の狐は喋りません。近寄ったら逃げるか噛みつきます。もし、我が家以外で人にばける狐がいて、優しく声をかけてきたら、そいつはねねちゃんを騙してオバケの世界に連れていこうとする悪い誘拐犯かもしれません。近寄ったらいけませんよ」

「うん」

「その上で、人間にばける狐さんはとても貴重で、賢くて、偉いのです。しかも、さくらさんは人を騙しません。何故なら、陰陽師の私と契約してくださってるからです。陰陽師はね、悪い妖怪を追い払ったり、良い妖怪とお約束をして生活を手伝ってもらう事の出来る人です。さくらさんは、人とお約束の出来る、優しい神様のお使いなんです」

これでわかりますかね?とねねに尋ねる。

「さくらちゃん、すごいのはわかった(よくわかんないけど)」

ですよねー。で、これ以上噛み砕いて話すのは難しい。自分にはこれが限界だ。


「まあ、とりあえず。霊能力は誰にでも扱えるものではないのです。十人いたら九人は使えません。使える人と使えない人がいます」

「うん」

「つまり、大体の人は霊能力は使えないし、オバケも妖怪も見えないのです。私は陰陽師だから見聞き出来ますし、悪い妖怪が人間に化けていてもすぐに見破れます」

「ねねちゃん、みえたよ!」

「それは、ねねさんが子どもだからです」

「こどもだから」

「神様や妖怪はね、子どもの純粋な瞳には隠れていられないのです。すぐに見つかってしまうし、正体を見破られてしまいます。さくらさんだって、昨日の大人の人達にはリビングで横になってる人間の女性に見えた事でしょうし」

私も肝を潰しましたよ、とは言えないが。普段のさくらさんなら、気配が近づいたらすぐに変化で誤魔化せた筈なのだ。……このちびっこ、もしや霊能力の素養ありなのか?それとも気配が薄いだけなのか?それはそれでちょっと困るな(目を離せない意味で)。ねねはふーん、と鼻を鳴らし、マロを飲みきる。

「という訳で、私以外の大人にはナイショです。大体の大人には、見えないし感じないから、オバケいたよ!と言っても理解してもらえません」

「さくらちゃん、見えなくなる?」

「いえ、さくらさんは人間の姿にしか見えません。ただし変化の術を使っていますから、狐とバラしてはいけません。見破られると、術が解けてしまいます。人間の姿でないと、ねねちゃんのお着替えやお風呂をお願い出来なくなりますので」

「ロボちゃんは?」

「私は男性ですので、女性の着替えやお風呂を覗いてはいけないのです」

世のシングルファーザーの皆様には申し訳ないが、これで押し通す。霧香の娘プラス赤の他人(と思うが)の娘さんに手出ししたと取られかねないシチュエーションは極力避けたい。


「だっこも?」

「だっこかぁ」

微妙なラインである。世の女性は抱きついただけで即通報も有り得るから困る。

世の陰キャ代表格な自分にはなかなか荷が重い。


「それはもっと仲良くなってからにしましょう」

「……そっかー(よかった)」


安心された。切ない。


「というわけで、お約束です。さくらさんはニンゲンのお手伝いさんです。狐である事はナイショ。わかりましたね?」

「はーい(ナイショ)」

「はい、よく出来ました。陰陽師とのお約束ですからね」

「はーい!」

ねねはもう一度手を挙げて返事をすると、おかわり!とマグカップを出してきた。私は受け取ると、冷蔵庫から最後の一リットル牛乳パックを取り出しマロのパウチを手元に引き寄せた。


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