【幕間】メモリーズ2
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「狐の孫、ねぇ」
御堂坂路傍に関する資料をまとめたPDFの総頁量に閉口しながらも、先程の『先輩』=央崎刑事はタブレットを下から上に指先で弾きつつ軽食のカロリーブロックを齧りながら流し読みしていた。警察内のデータベースで氏名検索しただけで引っかかった資料を全てデータダウンロードしたらご覧の有様である。もっとも、有名人だから資料が多いというだけでなく警察関係者が身内にいるからというのもあるだろうが。
御堂坂路傍。本名同じ。
まず、これが本名なのが驚きだが。
徳島の田舎生まれで三人兄弟。
両親とは幼少時に死別しており、祖母に養育される。
小中高は地元の学校に進学し、大学は実家の神社を継ぐ為に上京し鳴学館大学神道学科入学。高校時代に転校してきた久夛良木青人と知り合い、バンド結成。
大学在籍中にブレイクするも喧嘩別れの後脱退。とあるサマーフェスでの一件以降、個人名義もしくはRoby名義で音楽活動を行っている。
調査書を読む限りは、ごく普通の芸能人らしい経歴に見える。
青春時代に成功した、歳若い才能ある若者の履歴書。神職という一見お固そうな職業で錯覚されてるのかもしれないが、特に熱狂的崇拝を受けるような相手には思えない。
あれから、アイリス時代の曲もいくつか聴いた。
聴いて「あーあれそうだったのか」と思う曲もいくつかあった。
よくあるロックというよりポジティブ系の温いジャパニーズロックだなぁと、当時は思った気がする。
人を攻撃しない、応援してるだけでウケる系の歌詞に「あーはいはい」となった。そもそも好きではない系統だし、ラブソングも苦手な自分には食指が伸びなかったともいう。
ロックは反抗してナンボじゃねーの?となる。
ただ、聴いて思ったのはアイリス時代と個人用の二曲は同様のメロディラインであるのに(まあ作詞作曲者が同じなのだから似通っても違和感は無いはずなのだが)似て非なる感覚を受けた。
何か違うのだ。
アイリス時代は、自分の為というよりもグループメンバーに忖度?しているような。気を遣った気配があるというか。
そうだ。
遠慮を感じるのだ。
自分がやりたい、こうしたいを感じない。
曲を書く者にとっての個性の核であるべき「我の強さ」を感じない。
特に……いや、これは俺の主観だが。
ボーカルの久夛良木に合わせたカスタマイズになっている気がした。
あのヒゲもじゃアフロが歌いやすいような曲調、という印象が拭えない。
声質もだが、グループ解散後のソロ曲と合わせて聴いて確信した。
こいつ、他人に合わせて曲調変えられるんだ。
歌を降ろすってのもあながち間違いじゃないのかもしれない。
久夛良木青人、お前切る相手間違ったんだな。
どうしてオンナを取っちまったかなぁ。
こんなヒットメーカー手放すとか馬鹿じゃん?
いきなり金と名声手に入れちゃったら、そりゃオンナが欲しいか。
ですよね!
成り上がり芸能人あるある。
と、すると。
だからだろうか、後半の脱退直前までの半年間で書かれた曲はギターソロがメインだったりイントロにド派手なドラムソロが入ったり、割とボーカルが間奏で暇を持て余す曲が散見される。
洋楽好きな俺の見解だが、もうすでに半年前から見切って他のメンバー用に曲書いてないかこれ?
アルバムをファースト時代からグループ抜ける直前のものまで聴いて、やはり後半になればなるほど主旋律のエレギが強くなっている。
ドラムは親和性高いし、この二人地味に上手いなと思った。
上京後からの追加メンバーだからどんなもんかと思ってたらこの二人のがアオトよりよっぽど重要なのでは?と感じた。つーか、何でこの二人も御堂坂に続けて解雇してるんだ?バカだろ事務所。
あ、そうそうもう一つ。
こいつのベースも悪くない。
と、いうよりも序盤は音が硬すぎて「うーーーーーーん」って感じだったけど。
まあ、高校出たてでバリバリの音出せる邦楽ベーシストなんていますかねって話なので、そこはまあ良し。
「あ、いたんだ」って程度しか聴こえなさすぎて存在感皆無だったのが、新居浜さん師事した後は一気に良くなってたよね。
さす新居浜さん、元祖邦楽ベーシスト。指導上手いわ。
ただ、個性なんだろうけど。
「完全に気配消してくる」のよな、こいつのベースって。
メロディライン、エレキギターの主旋律に完璧に被せてくるタイプ。
それでいてよくよく聴いたらちゃんと音が分厚くなってる。
いたら空気扱いでも、いなくなって初めて価値わかる系の音。
勿体無いの一言に尽きる。
伸ばせばもっと良いベーシストになれたかもしんないのに。
って違う。肩入れがやばい。こいつの曲を聴きすぎたせいだ。
シェリープロデュース時代のはまた今度にしよう。
身辺調査書の続きを読む。
長兄の
……評価は真っ二つ。出世コースから外れたと見るのが一般的かと思ったが、意外にも隠神顧問が自ら呼び寄せて自分の後継者として薫陶を授けているとか。前述の評判も二対八、将来的には四国管内を統率する立場をと期待されてるとか。
ここまで読んだヒラ刑事の感想は「やり辛ぇ」の一言に尽きる。問題が起きても内部で揉み消されそうで困る。まぁ(このハイパーエリートの弟が)問題無いならそれでいいんだが。
なお、年子で一つ年下の弟もいる。
名前は
こちらは住職。
「は?住職?」
独居マンションで変な声が出た。
長男が警視、次男神職、三男住職の三人兄弟。
……何だこの兄弟。葬式どうするんだ?
いや、それは関係ないか。
実家の神社境内に寺もあるそうで、その名も
途端に高尚に見えてくるとか俺はチョロいのだろうか。
ちなみに真言宗だそうだ。神社と寺が一緒くたとか、そんなのってありだっけ?つーか実際存在してるんだからありなんだろうけど変な感じだ。
資料を読み進める。
彼ら兄弟の実家は「梅花神社」という由緒正しい神社で、長らく山間部の秘境とされた阿知賀村梅花地区住民の心の拠り所とされた古い社だそうだ。
自称建立千年。マジかよパネぇ。
四国山地を背にした広大な境内の頭上には狐が尻尾を丸めたように見える丸々とした巨石があり、これを御神体として四国有数の古い御社として千年以上崇められている。磐座信仰がどうとか書かれているが、そこら辺は割愛。
で、この神社。
後に時代が下り少なくとも江戸時代までには境内に寺が建立され、御大師様信仰が根強い四国の土地柄に倣い地区内の檀家集によって手厚い信仰を受け、寺社仏閣両立させたまま明治の廃仏毀釈もなんのその、田舎のスローライフの中で地区内の冠婚葬祭を一手に担ってきたようだ。
なるほど読んで納得した。
山奥の田舎ときたら、多分交通面でよその地域とは隔絶されていた向きもあるだろう。そんな奥地で神仏両方の信者をフォロー出来るよう、地域の生活とニーズに根ざした祭祀役だった一族であると。
そうすると、逆に長男の経歴が異質に見えるがこちらは端書きに「地区始まって以来の神童と呼ばれ」の一文を発見し「努力したんだな……」と、妙な同情をしてしまった。田舎のジジババに期待されて実際頑張れちゃうタイプだったんだなー、と想像し、努力を労いたい気持ちになる。
半端な田舎で警官になっただけで親戚一同に万歳三唱された己を思わず重ねてしまった。
で、冒頭の一言に戻る。
この兄弟の家には、不思議な話が伝わっている。
昔々。
梅花神社に類稀なる美女が駆け込んできて匿ってくれと助けを求めた。
美女である以上に、その必死さに気の毒になった宮司は門を開き、美女を拝殿に匿ってやった。
身内をみな病と戦争で亡くし、独り身であった宮司は忽ち美女の虜になり、ほどなく彼女を妻にした。
初夜の晩、宮司は美女に尋ねた。
「貴女は一体何者か」と。
美女は初対面の非礼を詫び「妾は汝の始祖である」と告げた。
曰く、とうとう子孫が宮司一人となり血を絶やす訳には行くまいと、嫁となり子を成す為に人の姿に身を変じて来たのだと。
「当代は息子三人、孫も三人。それ以降は、救いを求めるおなごを見捨てず助けるように。さすれば我が社、益々栄えるであろうよ」
それを聞き、宮司はストンと腹落ちした。先祖代々の言い伝えが具現化したのだと。
彼は先祖よりの教えに従い彼女をますます丁重に大切にし一途に愛した。
そして、妻の言った通りに息子三人に恵まれいつまでも幸せに暮らしましたとさ。どっとはらい。
何処にでもある昔話だな、と漫然と読んでいたら。
※なお、上記の話は当代梅花神社当主・御堂坂ウメからの聞き取りである。「爺様との馴れ初めを語るのは恥ずかしいねぇ」との事であったが、同地区では村民全員が知っている十八番である事を追記しておく。(平成三十年・雑誌の取材より)
ネタかよ!!!真面目な資料で村民界隈にだけ通じるギャグとかやめろよ!!
腹が立ったので、怒りの缶ビールを開ける事にした。
貴重なサキイカも食ってやる。
周辺の情報はもういい!
本人の情報だけに的を絞って、不明点は後日聞き出すとしよう。
……その晩、彼は夜を徹して資料を読みふけった。
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