東伏見、高架橋

今回は、他の投稿と違って明確にテーマをもって書くため、

タイトルも具体的なものとした。


俺の信仰するバンドで、ヨルシカというものがある。

彼等の何枚目かのアルバム「だから僕は音楽を辞めた」内、

「八月、某、月明かり」という楽曲を知っているだろうか。

その詩には、様々な地名が出現するのだが、その一つが掲題のものだ。

東伏見公園内にある、跨線橋である。

ヨルシカは前から好きであったから、一度聞いた時から訪れたいと思っていた。

そう、作中の彼が自転車で飛んだ、あの場所だ。

思い立ったので、訪れてみた。それだけの記録だ。


インターネットの情報に依ると、あのアルバムに出てくる地域は、

どうも西武新宿線沿線のそれらしい。

その理に違わず、高田馬場より西武新宿線に乗り、各駅停車にて東伏見へと向かう。

駅の周りは何とも古風。

都会から定義的にひと区画離れたような、端的にいうと少し田舎。

(南口だったか)出口から向かって右手、警察署より少し奥まったところに

稲荷神社のような鳥居が構える。

東伏見公園までの道のりは単純で、その鳥居を潜って

線路沿いをまっすぐ歩けば良いだけ。

駅から公園まではおそよ10分かかったか怪しい程度であった。

その間は、「八月、某、月明かり」をイヤホンで聴きながら歩いた。

道中の何気ないコンクリートに、たった2.1メートルの架道橋に、

逐一特別なものを感じながら歩いたことを覚えている。


着いてみると、公園は意外と大きなものだった。

閑静な住宅街に突如として大きな遊具を伴った公園があるのだから、

それなりに目立つ。

中では子供連れが所狭しと犇いており、静かというにはほど遠かったが。

公園に入って右手、滑り台のある小高い丘とは逆の方向に、

例の高架橋(跨線橋?)は掛かっていた。

この公園と線路を挟んだ向こう側の大通りを結ぶ、

緩やかなアーチを描いた橋だった。

実際に見てみると、何のことはないただの橋だが、

むしろそのことがとても心地よかった。

彼等の歌に出てくるものが、煌びやかであってもらっては困る。

ただの日常の、何の気無しの詰まらないものだからこそ、

彼等の歌には一定の価値があると、俺は信仰しているからだ。

こんな何気ないものも、俺にとってはメモリアルなものだ。

文字でしか知らなかったものを、実際に見ることができたことは

とても嬉しいことだった。

尊敬する彼の一端を、少しでもみることができた気がして晴れやかな気分になった。

もっとも、彼がそんなことを望んでいる筈もないのだが。


近頃はすっかり桜の季節、花見がてら園内のベンチに座って休むことにした。

悲しいことに、最近の雨で若干の花散らし。

満開の桜を拝むことは叶わなかった。

しかし、散り際もまた美しいもので、風が吹くたびに花弁が宙を舞う。

視界一面に花嵐、あの橋は桃がかった背景に緑青色のアクセントを示す。

こんな綺麗な光景を見ることができただけでも、

ここに来た甲斐は十二分にあったと言える。


しばらく休んだ後、特に見るものも無くなったので帰ることにした。

端々が青みがかる桜をみると、春ももう終わるのかと感傷じみて仕舞う。

もうすぐ、あの青くて遠い空がやってくる。

反吐が出るほどの暑さがやってくる。

貴方の書いた美しいはずの季節がやってくる。

貴方の書いたものを辿るだけの行為に、何ら意味はないのだが、

それでもこうも気持ちが安らぐことを許してほしい。

今度は小平にも行ってみよう。

何か美しいものが見つけられるかもしれないから。

もう少し、貴方を知りたい。

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