2020-12-30
人間に、幸せになる権利はあるのだろうか。
最近、人間は無条件に幸せになってよいと云う文句を聞く。
スタンスとして、その思いを気力に変えてやろうといった魂胆なのだろうか。
愚直にそう思っている人間がどれほどいるのかはわからない。
ただ、幸せになってよいと云う言葉には些か疑問を感じるのだ。
彼等の云う幸せは、そう成る過程で人間の本質を見失うものだ。
人間と居ることに充足し、自尊心を増長させるものだ。
それは、群衆の愚かな構成要素となり、
本当に生命の連鎖に迎合するだけの人間そのものになることだ。
それでは、人間に生まれた意味がない。
俺達は、残念ながら他の動物よりも高い知能を持ち合わせてしまった。
その人生は、本能的な衝動に振り回されて良いものではない。
社会は理性的に成り立っている様に見えて、
恋愛や劣情様々をその外に置いている。知らん顔をして。
人間ならば、それらこそ一生懸命に考えるべきだ。
そして俺は、確固たる根拠を持って、それらを全て否定したい。
恋も愛も、全てが無駄なのだ。
理性を騙りながら愛に生き、あまつさえそれを幸せだと云う。
人間に依るものの全ては、余り綺麗だとは思わない。
別に君の恋人が死んだとて、君は生きていくだろう。
恋人と喧嘩して仲直りしたいと思うのは気持ちが悪い。
一度でも向けた怒りを、無視してめでたく円満が可能なのが理解できない。
共に過ごして経験する嫌なことが、楽しさで掻き消える理由が知りたい。
人間に依るものは、こんなにも不安定だ。
だからこそ、人間に依らないものは美しい。
俺の思う月明かりは、人間の居ない場所にあるのだ。
この価値観は、間違いなく世間では負け犬のものだ。
人間との関係に価値を見出せないものは負け犬となるような社会だ。
しかし俺は、それを誇りに思う。
このような世の中に適合できないことこそ、
人間に依らないものを探すために必要だ。
俺は生涯、負け犬で居たい。
それこそが、俺の誇りだ。
人間との関係に価値を見出さぬよう。
決して幸せに成らぬよう。
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