第53話 ふるさと防衛戦③

 森を抜けると、丘に出た。目の前は崖のようになっており、そこから見下ろすと、すぐ側に五月の村が見えた。どうやら、転生時に飛ばされた洞窟の出入り口の上にいるらしい。


「……ミシアはまだ着いてないようだな」


 俺はマップを確認する。五月の村には他につながる道はない。この洞窟の出入り口のある山肌以外の三方を森に囲まれており、そのうち一方を抜けると例の街道にでる。ミシアが登場するなら、そこらへんだろう。


「みんな……」


 身を伏せて、村の様子を伺う。お昼時を過ぎたこの時間帯、いつもなら戦闘を得意とするグループが狩りにでる時間だ。その準備に取り掛かっているクラスメート達を、みつけた。


 そしてそんなクラスメートに、アイテムを配って回る女の子がいた。


「――井波さん」


 井波さん。俺がこの世界で最初に起こした一人。俺が密かに想いを寄せていた子。家庭的で、料理に積極的で、俺にも優しかった。――あの日までは。


「彼女が想い人ですか?」


 すぐ側で同じように伏せていたユーリィンが言った。


「……そういう訳じゃないけど」

「ふふ。素直じゃありませんねぇ」


 俺がジト目で見つめると、なおのこと彼女は楽しそうにしている。どうやら、彼女の中で俺をからかうことがブームとなっているようだった。


「しかし、質素な暮らしですね」

「ああ」


 村の様子はあまり変わっていない。色々なことがあったが、それもここ数日の話だ。たったつい先日まで、俺はあの村にいたのに、随分前のことのように感じた。俺はこんなにも環境が変わったのに、まるで時が止まったかのように変わっていない村に、なんだか寂しさを覚えた。


「彼らはここで自給自足の生活をしているんだ。エネミー狩りをしたり、物を作ったり。右も左もわからない状態から、ここまでの環境をなんとかつくったんだ」

「――その立役者がイツキさん、なんですね」


 ユーリィンの言葉にドキリと胸が傷んだ。


「まぁ、追い出されたけどね」


 俺がそういうと、ユーリィンは、少し真面目な表情で言った。


「何か、訳があったのはないでしょうか」


「――どういう意味?」


「わたしはイツキさんの言葉でしか聞いていませんでしたから、追い出された、というのはきっとそうなんだと思います。でも普通に考えて、ここまでの環境を作るのに貢献した人、それはつまり命の恩人と同義だと思うんです。その人を追い出す、なんて、よほどのことがない限りは――」


 彼女の言葉はそこで途絶えた。――俺が睨みつけていたからだ。


「――あいつらは、俺から学ぶものはもう無い、って言ったんだ。つまり、そういうことなんだよ。憶測はよしてくれ」


 俺は怒りを隠さず、言った。直後にちょっと強く言い過ぎたかも、と思ったが、逸らした目線を再び戻す気にはなれなかった。


「ごめんなさい。無神経でした」


「――いいよ」


「でも、イツキさん」


 俺の手に、彼女の手が覆いかぶさる。


「わたしはいつでもイツキさんの味方です。それだけは、忘れないで下さいね」


 ユーリィンはレカの元使用人で、親友だ。レカが俺についてくると言ったから、ついてきているに過ぎない――。最初はそう考えていた。だが彼女は彼女で、俺といることを望んでくれているのだと、さっき知った。


「ああ」


 その返事をした時だった。


「ん、あれは……」


 眼下、右方の端、森の切れ端のあたりから、人影が出てきた。


「……来たようですね」


 どうやら、レカ達は間に合わなかったらしい。

 と、なると、ここは二人で対処しなければならない。


 ――ミシア・セイバ。最強と名高い女傭兵。その姿が、いよいよ俺の前に現れようとしていた。

 俺はそんな怪物級女の姿を認めるべく、目を細めた。


「あれが……ミシア・セイバ……」


 褐色の肌に、俺たちと同じ黒髪。露出の多い服装は、自信の現れだろうか。革のショートパンツからは引き締まった美脚と、そしてキュッとしまったウエスト、コルセットに締め上げられた胸は張り裂けんほどのボリュームで――


「――って、ナイスバディかよ!?」


 なにあれ!? 超スタイルいい! 


 鍛えられたアクション女優のような、アスリートのようでいて、それでいて女としてのセクシーさも兼ね備えたような、パーフェクトなボディ。そして何より――


「――めっちゃ美人!!」


 ミディアムショートの黒髪と、勝ち気で切れ長の目と長いまつげ、燃えるように赤い瞳。すっとした頬に、リップを塗ったかのようなプリプリの唇、自信にみなぎった表情。


 かっこいいのに――かわいい!


「誰だよ! ゴリラみたいな女っていったの!」


 ……って、俺でした。


「なるほどぉ。イツキさんは、ああいう女性が好みなんですねぇ」


「ばっ! 違うよ!」


「そうですよね。さきほどの女性とはまるで正反対ですし、アルゥエラさんのように保護欲に駆られる感じでも無いですし。どちらかといえばあどけなさ残る感じのほうがよいと」


「れ、冷静に分析しないで……」


「あ、それともあれですか、イツキさんはどっちもいけちゃう的な、野獣のような男性なんですか!? ……わたし、嫌いじゃないですよ、そういうの♡」


 ――もうほっといてくれ。


 だがそうこうしている内に、ミシアはずんずんと進み、村に近づいていく。


 あの肩に担がれた大剣――あれが彼女の武器だろうか。あんな獲物をあの細い体で扱えるというなら、それは間違いなく強敵に違いない。


 ――何事も起きないでくれればいいのだが――


 そして、その時は訪れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る