第49話 最強の女

 翌日。ギルドに向かうと、いつもと様子が違っていた。


「……なんかあったのか?」


 ギルドが冒険者で混雑しているのはいつものことだが、それにしても今日はいつも以上にざわついている。


「確かに、落ち着きがありませんね」


 冒険者特有のスレてヒリついた空気ではない。一言でいうなら、有名芸能人が通ったあとのようなざわつき。


「誰か有名人でも来たんじゃないのー?」


 レカも同じ印象を持ったようだった。


 俺はクエスト受託のために列に並んだ。その最中、耳を澄ませてみれば、冒険者は口々に「あれが本物か」「すごい迫力だったよな」「あれに挑んで勝てた男はいないらしいぜ」「俺も手合わせ願おうかな」「やめておけ、死にたく無ければな」など、物騒なことを言っている。


「――誰か来たんですか?」


 俺は自分の番になって、目前の受付嬢に話しかけた。


「ああ、イツキさん。ええ、先程まで、有名人がいらっしゃったので」

「有名人――」


 この世界にも、芸能人みたいな人たちがいるのだろうか?


「ねぇ、それ誰!?」

「わっ! 急に割り込んでくるなよ! レカ!」


 俺と受付嬢の間に割り込む形で入ってくるレカ。


「いいじゃない、もう夫婦なんだから」


 そう言ってわざとらしく俺の腕にしがみつく。それを見ていた受付嬢が顔を赤くしえいた。そして周りの冒険者達も、それをみてニヤニヤしている。


 有名人、という点でいえば、レカもそうだ。そもそもがここアイデルハルンを治めるところの領主の娘だし、先日のクエスト騒ぎに加え、勘当事件、冒険者として依頼をうけていることなど、彼女ほどこの街を賑わせている人物はいないだろう。それはレカ自身もよくわかっていて、こういう行動を取るのも、その当てつけなのだろうと思っている。


「いつから夫婦になったんだよ」

「生まれる前からよ。ねぇ、でその有名人だれなのよ」


 そんな訳ないだろ、と心の中でツッコミつつ、しかし俺もその有名人がどんな人物なのか気になった。俺とレカの二人の視線を浴びた受付嬢は、はっと思い出したように話し始めた。


傭兵姫ようへいきです」

「ああ、どうりで」


 受付嬢の返答に、レカはなぁんだ、と言った感じでため息をついた。


「ようへいき?」


 聞き慣れない単語に、俺はレカに聞き直すと、代わりに受付嬢が言った。


「ミシア・セイバさんと言って、すごくお強い傭兵さんなんですよ、彼女は」

「彼女って、その人は女の人なんですか」


 それにはレカが答えた。


「ええ。なんでも挑んだ男どもをコテンパンにして返してるらしいわ。負けなしだって話よ」


 そんなに強い女の人がいるのか。なるほど、それなら冒険者が沸き立つのも分かる気がする。冒険者は強い者に憧れるだろうし。きっと、ゴリラみたいな女なんだろうな。ちょっと見てみたい気もする。いや、みない方ががっかりしなくても済むかも。


「てか、レカ、詳しいね」

「まぁね。お父様から話は聞いていたし」

「領主様に?」

「ええ。ほら、ここは自警団をもってないでしょう? 一応、非常事態に備えて、協力して貰えそうなところは押さえてあるのよ。彼女を抱える傭兵師団は、その筆頭ってわけよ」


 なるほどなぁ。こういう話を聞くと、レカはちゃんと領主の娘だったんだなぁと思う。こういう時だけだけど。


「んで、その怪物女が何用でこんなところに来たのよ。何かまずいことでもあったの?」

「いえ、そういう訳ではないのですが……」


 受付嬢は周りに聞こえないように、小さな声で言った。


「ここから西に行った洞窟の近くに、異民達の集落があるらしいんです。その情報をくれって」


 その言葉を聞いた時、俺は背筋に何か冷たいものを感じた。



 ――異民達の集落。



 ――まさかな。



「どうしてそんな事を知りたがってたの?」

「ええ、なんでも任務だとかで、危険性を確認したいんですって。場合によっては粛清しゅくせいが必要だろうからって。……怖いですよね、異民だなんて」

「そうかしら? 放っておけばいいんじゃない? 彼らには彼らの生活があるんだろうし、別に迷惑かけられてる訳じゃないんでしょ?」


 怖がる受付嬢をレカは一蹴いっしゅうした。


「それはそうと、今日もちゃんとおいしいクエストを――って、イツキ!?」


 俺は無意識にその場から離れていた。

 頭の中が、受付嬢の話したことでいっぱいだった。


「どうしたのよ、イツキ! 顔が真っ青よ」


 ――ここから西の、異民の集落。

 異民。この世界とは異なる人種。

 

 方角、条件共に一致している。


「ご主人様?」


 異民の調査。危険性の確認。必要に応じて粛清。


 ――そしてそこに向かうのは、最強の傭兵。


「アルゥ」


 ギルドを出た先で待つアルゥに、俺は言った。



「あいつらが危ないかも知れない」  

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