第48話 やっぱり最高の相棒だよ
「ご主人様。……入ってもよろしいですか」
しばらくして、部屋にアルゥがやってきた。合わせる顔のない俺は、枕に突っ伏したまま。アルゥはそっと扉を閉めると、ベッドの端にそっと座り、俺の背中に手を置いた。
「落ち込んでいらっしゃるのですか」
「……やっぱりわかる?」
「それだけわかりやすくイジけていらっしゃれば」
正直、俺は隠し通せないほどに落ち込んでいた。クエストの帰り道、それがばれないようにと、「いやぁ、みんなは強いなー、頼れるなぁー」などと褒めまくり、良くわからにところで笑ったりしていた。完全に、イタイやつだった。
「……俺って弱いのかな」
「――ご主人様はお強いですよ」
アルゥの優しさが逆に突き刺さる。
アルゥのキャラクターランクは5。小刀を使い、小柄な体を生かした俊敏さとクリティカル攻撃、そして氷属性のユニークスキル「
ユーリィンのランクは4。弓の扱いに長け、そして戦いを有利にする精霊魔法をいくつも持っていた。その効果はどれも複雑で限定的だが、彼女は頭が良く、戦局にあわせてそれらを使いこなしていた。
そしてそれによってレカの破壊力が尋常ではなくなっていた。彼女の風魔法は、魔法と呼ぶにはあまりにスケールが大きかった。彼女の手にかかればたいていのエネミーは移動が困難になる。生物は大気の中で生きているんだ、という事を強く認識させられる。おそよ、人に許される領域を超えている――なんて思ってしまう。
もちろん彼女も弱点がない訳ではない。彼女が起こす風の奇跡は、風の精霊の加護によるものであって、その力を使い続けるには大量のMPが必要になる。彼女はもともと領主の娘、戦闘に関してはスブの素人であり、風が使えなくなってしまえば、ただのか弱い女の子だ。武器も扱えないし、ついでに他のスキルを有している訳でもない。
しかしそこらへんを、うまくユーリィンがフォローしているのだ。お陰で彼女は風と戯れるが如く、生来のお転婆気質のままに戦場を暴れまわっている訳だ。そして、あっというまにキャラクターランクが3になり、俺と並んだのだ。しかしどう考えても、戦闘への影響力は俺を上回っている。とてもじゃないが、俺は強い、だなんて言える状況ではなかった。
女の子三人に守られる図式は、俺の自尊心をボロボロにしていた。
「これでも、強くなったと、思っていたんだよ」
クラスで生活していたあの日々。初めてランク3になったクラスメートに感じた頼もしさは相当のものだった。今俺がそれと同じ領域にいるのが、全く錯覚のようにすら思えるのだった。
「ご主人様には、ご主人様の良いところがあるじゃありませんか」
「良いところ?」
「多くのスキルを扱えることです」
「ああ、それもなぁ」
確かに俺はスキルツリー上に存在する多くのスキルを習得している。スキルレベルの合計値で言えば、同ランクはおろかこの中でトップだろう。
だが本人にしてみれば、「それがどうした」状態である。スキルレベルをカンストさせても依然としてキャラクターランクは上がらず、さらにそれぞれのスキルの影響力は、どう考えても他の三人に劣っていた。
「俺にも何か、コレってものがあればなぁ」
特技があれば、それを中心に戦闘を組みたてられる。俺にはそういう、頼れるものが無かったのだ。
しかしそれを聞いていたアルゥは、俺の後頭部を優しく撫でながら、予想外なことを言った。
「――コレってものがあることは、そんなに大事でしょうか」
俺は思わず、身を起こして反論した。
「そりゃあそうだろ! どう考えてもそれに寄せていった方が効率もいいし、実際、みんなは活躍しているじゃないか」
スキルは使えば使うほどレベルが上がる。スキルレベルの上昇にあわせてその威力も飛躍的に上昇していく。スキルレベルが倍違えば、それ以上の威力差が生まれるのだ。この世界のスキル構成は、明らかに特化構成の方が有利なのだ。
だが、そんな
「ですが、こうも言えます。それしか能がない、とも」
アルゥは続けた。
「私には、ご主人様のような多彩なスキルがありません。氷属性以外の選択肢はない。仮にもし氷属性に耐性のあるエネミーに出会ったら、私は小刀のみで戦わなければなりません」
「それは――」
「二人もそうです。私が人狼としてのスキルに縛られているように、ユーリィンは
アルゥが、俺の胸に手のひらをあてて、まるで心臓に向かって語りかけるように言った。
「剣がだめなら槍を、武器がだめなら魔法を、炎がだめなら雷を――。そうして、
その言葉に、はっとする。
「ご主人様にはご主人様にしかできないことがあるのです。例えば、私達をひとつにまとめてくれること。例えば、こうして――私を側に置いてくれること」
アルゥはそっと俺に寄り添い、その頬を俺の耳にあてがった。
「私達が頑張れるのは、ご主人様がいるからなのですよ。それをどうか、忘れないで下さい。ご主人様は全てを持っているのですから」
器用貧乏だと思っていた。自分は弱いと思っていた。小手先のテクニックで戦うしかない自分を情けないと思っていた。
だが、彼女が言う通りだ。あれが駄目ならこれを試せばいいだけだ。そして俺はその手段を誰よりも多く持っているのだ。
「――ありがとう。アルゥ」
俺は体の底から力が湧いてくるような気持ちになった。
「こちらこそです」
俺は彼女が愛おしくなった。この世界にきて最初に出来たパートナーは、やっぱり最高のパートナーだと思った。彼女をそっと抱き閉めれば、彼女の尻尾がゆっくりと左右に揺れた。
「――さて、せっかくの時間をもう少し楽しみたいところではあるのですが」
しばらくして、アルゥは立ち上がり、扉に向かっていく。
「誰かに見つかると面倒ですから。特に、あの金髪小娘には」
彼女はドアノブに手をかけながら、振り返り、苦笑いした。
「明日から頑張りましょう」
「――ああ。ありがとう。アルゥ」
「――おやすみなさい」
アルゥはそう言って、静かに去っていった。
俺は再びベッドに倒れ込み、天井を見上げていた。
「最強――、か」
そう思うと、次々にアイディアが湧いてくる。
俺は明日が訪れるのを楽しみに、瞳を閉じた。
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