第46話 円卓会議

「一生の不覚です」


 宿に面した食堂。冒険者たちが朝食を済ますその一角に、俺たち一行もいた。


「ご主人様の危機に気づけなかったなんて」


 今しがた、硬いパンにナイフを突き立てたアルゥの言葉だった。


「ほ、ほら、まぁ、アルゥも疲れてたんだし」


 俺が笑顔でそういうと、アルゥは何も言わずに再びパンにナイフを突き立てた。


「ひぃっ」


 丸テーブルを囲む一行の雰囲気は最悪である。おかげで、話したかったことを話せる空気ではない。


 アルゥは御覧の通りで、自責の念と怒り、そして嫉妬とが綯交ないまぜになった乱気流を周囲に振りまいている。この事態に――と言っても別に命の危機だったわけではないのだが――自分が深い眠りについていたことが何よりも許せないらしい。


 一方のレカは、背筋をピンと伸ばして品よく紅茶を飲んでいるものの、その表情は難問に直面したかのうように歪み、紅潮していた。それも紅茶に負けず劣らずといった感じである。


「まさか親友に寝取られるなんて」


 これは俺の部屋に入ってきたレカが事態を察した後に発した言葉である。この後彼女はまるで悲劇に登場するヒロインのように崩れ去り、しとしとと泣き始めてしまった。さんざんキレ散らかすタイプかと思いきや、意外と乙女なご様子で、そのおかげで、言い訳――じゃなかった、事情を説明したり機嫌を取ったりと、むしろそっちの方が大変だったまであったりする。彼女がこんな様子なのは、ここらへんがよほど恥ずかしかったのだと思われる。


 そんなわけで、唯一ご機嫌なのは、ユーリィンただ一人である。彼女は、るんるんと言った感じで、朝食を楽しんでいるようだった。

 俺から生気を分けてもらった彼女は、昨日よりも血色がよくなり、その印象――衰弱した彼女はずいぶんと貧相に見えたものだったが――は大きく変わり、今でははかなげを通り越してセクシーにまで昇格している。


「みなさんは召し上がらないのですか?」


 知ってか知らずか、その能天気さに、俺は思わずため息をついた。





「やっぱり、生活水準が課題ね」


 気まずい雰囲気も、時間が経つにつれて和らいでいき、食べ終わる頃にはなんとか平常運航、と相成あいなったわけだが、そこでレカが突然、切り出したのだった。


「お口に合いませんでしたか?」


 ユーリィンがそういうと、レカは両手を広げてため息をついた。


「申し訳ないけど、ね。パンは固いしスープは苦いし。いったい何をどうやったらこうなってしまうのか」

「そりゃあ、レカは、それだけ良いものを食べてた、ってことだろ」


 俺がそういうと、レカは素直すなおうなずいた。


「それは否定しないけど」


 クラス全員で異世界転生をしてから、そこを追い出されるまで、何もかもが手探りだった。よくわからない食材を試行錯誤しながら、なんとか飢えをしのいできた。自給自足が安定するまでは、石ころと変わらないようなものまで口にしてきたわけで、それに比べれば、ここの食事は十分食べられるし、それ以上は贅沢というものだ。


 ――とはいえ、もっとおいしいものが食べたいというのは、同感ではあるのだが。


「でも正直、ここまでだとは思わなかったのよ。宿に食事がついてるなんて、なんてお得なの! って思ったりしたのだけれど……」

「百聞は一見に如かず、ってやつか」

「それよ。食事がどれほど幸福感を満たすのに重要なのか、わかった気がするわ。特に、ユーリィンの料理は格別だったから」


 天井を見上げるレカに、ユーリィンが寄り添うように言う。


「何かおつくりしましょうか?」


 それに対して、レカはゆっくりを首を振った。


「いいのよ、ユーリィン。うれしい提案ではあるけれどね」


 ちなみに今回の勘当騒動を受けて、ユーリィンはレカの使用人ではなくなったらしい。ユーリィンの雇い主は領主、つまりはレカのお父さんであったわけだから当然と言えば当然で、「使用人という立場をはく奪した」とレカは言っていたが、ようするに二人はただの親友になった、ということだ。

 ――こうやって共に食事していることも、それをユーリィンが嬉しそうにしているのにも、そういう事情がある。


「それに、厨房を借りるというわけにもいかないでしょう?」

「たしかに」


 いくらユーリィンの料理の腕が良かったとしても、調理器具がなければ始まらない。


「やっぱり、せっかくなんだから、素敵な新婚生活にしたいじゃない? ねぇ、アナタ」

「……それ、俺に言ってるの?」

「他に誰がいるのよ」


 レカのマジレスに、再びアルゥがパンにナイフを突き立てたが、俺は気づかなかったことにした。


「まぁそれはさておいてさ、今後のことなんだけど――」

「へぇ、女の求婚をさておくなんて、いい度胸してるのね」

「話の腰を折らないでくれない?」


 そういうこというと、アルゥが怖いんだから、本当、頼むよ……


「――それで? 何かあるの?」


 レカが試すようにこちらを見る。


「そう、だな。これはさっきから考えていたことなんだけど」


 そして俺はいよいよ、ずっと話したかったことを話し始めたのだった。



「まずは一回、クエストを受けてみないか? ――この四人で」

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