第45話 初めての朝チュン(未遂)

 彼女のとろけるような表情が、とにかくエロい!!!


 すぐに思い出せない俺を察してか、彼女は自身のひたいゆびさした。そこには、瞳のような紋章が描かれている。


「あ――」

「ふふ、思い出していただけましたか」


 あの時、彼女に頼まれ、俺はその額にキスをしたのだった。すると彼女にみるみると生気が戻り、MPが全回復した――。それによって彼女が使用したスキルが、戦局を大きく変えたと言ってもいい。


「わたし達ピクシー族は、妖精と人との亜人。数多ある種の中でも、もっとも精霊と結びつきの強い種族なんです。この紋章は、その証。わたし達は生まれながらにしてこの紋章を持っていて、扱い方を知っています。いわば、これは感覚器官のようなものなんです。それで――」


 彼女は俺から一切目を離さず、体を寄せてくる。気が付けば、正座した俺の太ももの上に、彼女がまたがっていた。そのすべすべの内ももの感触が、俺のふとももに伝わってくる。


「――ざっくりいうと、ここに口づけをしていただきたくて♡」

「急に説明省いたね!?」

「いいじゃありませんか。実際一度してるわけですし、何がどうなるのかも、わかっていらっしゃるのでしょう?」


 ユーリィンはそう言って、ますますその身を寄せてくる。


 その紋章に口づけした者から生気を吸い取ることができる――。つまりはそういうことなのだろう。それはわかるのだが――


「ほ、ほら、今はまだ朝だし? 俺も寝起きで、まだ体が元気じゃないというか、力を失いたくないなぁというか」

「あら、何をおっしゃいますか。


 だからそれを言わないで!


「そそそそれはほら、男だから仕方ないというか生理現象っていって元気じゃなくても起こるというか!」

「はいはい、わかっています。男の子だから大変なんですよね。たいへん、たいへん♪ だからその元気を分けちゃいましょうよ」


 なんだか子供をあやすように言われている!?


「それにほら! こんなところ誰かに見られたら! まずいよ!」

「それはまずいですねぇ。だから見つかる前に済ませようと……大丈夫、ほら、ちょっとだけ、ほら♡」


 そんな、「先っちょだけ!」 みたいなニュアンスで言わないで!


 くそ! おしとやかそうな見た目に反して、なんて押しが強いんだ!



「――そうしてくれないと、わたしも元気になれないんです」



 その言葉で、はっとする。


「こんなこと、イツキ様にしか頼めないですから」


 四日間飲まず食わず。生きていることが奇跡と言ってもよいはずだ。その衰弱を考えればむしろ、今こうして明るく振舞っていること自体が、そうできていること自体が、おかしいのだ。


 俺も疲れてる? 

 なんてことを。

 俺なんかよりも、彼女の方がはるかに消耗しているというのに。


「……それをすれば、元気になれるの?」

「――はい」


 彼女は澄んだ目で言った。


「――わかった」


 俺はそう言って、彼女の背中に片腕を回して、その額に、そっと口づけをした。


 すると彼女の体はあの時と同じように輪郭を青白く発行させ、光の粒子のようなものがその体を満たしていくのが分かった。同時に、俺に軽い疲労感が訪れる。恍惚の表情を浮かべる彼女に、確かに生気が戻っていくのが、俺にも分かった。


 そしてあの音声が、脳内に鳴り響いた。



『ユーリィンの好感度が上昇しました』



 ――また!?



 間違いない。

 あの時もそうだった。

 ――彼女も、攻略対象者だ。 


 俺は激しく動揺した。

 よりによって、ユーリィンがその相手だとは。


 彼女はレカの使用人だ。そしてそのレカは攻略済み――自分でいうのもなんだが――で、あまつさえ昨晩、どこまで本気なのかわからない逆プロポーズまでされてしまった。仮に彼女が本気なのだとすれば、ここでユーリィンを攻略してしまったら……。それはもう、火を見るより明らかな昼ドラ展開が待ち受けているに違いない。


 今のところ、攻略対象の好感度は、信用に値する。偶然ではあったにしろ、アルゥやレカから寄せられる好意と忠誠心は、人の機微に鈍感な俺でもわかるほどだ。人に傾倒したことのない俺にとってはむしろそれが少し怖いのだが、いずれにせよ、この世界において攻略する――好感度を上限まで上げる――ということは、すなわちそういうことなのだ。


 だが、攻略対象者同士が仲良くやれるかどうかは、別問題だ。それはアルゥとレカを見ていれば、よくわかる。


「さ、じゃあ用も済んだし、ユーリィンさんは部屋に戻って……」


 俺はこの先の展開を懸念し、余韻に浸る彼女の両肩を押して、距離を取ろうとした。

 しかし彼女を俺の膝の上からどけるよりも、彼女の両腕が俺の首に回される方が、早かった。


「はぁあ……。やっぱり、イツキ様の生気は格別です。とっても、おいしいです」

「そ、そりゃあよかった! じゃあはい、帰ろう! はい、おなかいっぱい!」

「――と思っていたのですが、やっぱりまだ足りないみたいですぅ♡」


 彼女はそう言ってさっきよりももっと体を密着させてきた。


 やばいぞこの体勢は! 

 見る人が見れば、完全に入ってる! 何がとは言わないが!!


「もう少しだけ、もう少しだけ、お願いします♡」


 彼女の目は完全に座っていた。まるで酔っぱらってしまったかのようで、俺の声は届いていない様子だ。体をよじらせ、全身で「はやくはやく」と言っている。


 そうしていよいよ、彼女に押し倒されてしまった。

 いわゆる、床ドン。彼女はあまい吐息を吐きながら、唇をなめまわした。


 彼女の顔が、俺に近づいてくる。

 ――おかしい、このままでは唇と唇がくっついてしまいそうな、いやまさか、彼女はそれを狙って――


 

 ――と、その時だった。



「イツキー! 起きてるー!? 入るわよー!」


 この声はレカ!? 


 扉をノックすると同時に壁越しに聞こえてきたその問に、俺はすぐに断りを入れるべきだった。


 しかしそんな隙も与えぬほどの速さで、彼女は扉を開けたのだ。 ――もとから答えを聞くつもりなんてなかったように。


「ねぇイツキ、ユーリィンを探してるんだけどー――」


 そして時は止まった。




 ――この後どうなったかは、説明したくない。

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