第44話 初めての朝チュン?

 差し込む朝日で、目が覚める。


「もう、朝か……」


 夢も見ないほどの熟睡。どうやらこの世界には、疲労というものがリアルに存在するらしく、激しい戦闘後は決まって眠くなる。そうして深い眠りから目覚め、眠気眼ねむけなまこに映るのは、質素な木製の天井と、薄いベッド。

 昨夜の記憶が曖昧あいまいだが、俺はしっかりと宿をとってベッドにもぐむことに成功したようだ。


「それにしても、よく眠れたなぁ。ほっかいろでもあったような温かさだったし」


 伸びをしながら、そこまで口にし、そして違和感に気づく。


「――?」


 なぜこの薄いベッドで、そんな温かみを得られたんだろう?


 そう思い、視線をろせば、布団が妙にふくらんでいることに気が付く。ためしに足を少し動かしてみれば、膝小僧ひざこぞう輪郭りんかくがはっきりと浮かび上がった。それほどこの布団は薄いのだ。

 そして、片足には、なおも温もりが届けられている。俺は恐怖とともに、布団をめくりあげた。


 するとそこには――


「ユーリィンさん!?」


 寝間着ねまき姿――それも露出が多めのセクシーな――ユーリィンさんが、俺の腰から下を抱き枕替わりに、とても気持ちよさそうに眠っていた。


「な、な、な、いつのまに!?」


 俺が大きな声を出したせいか、目を覚ましたようだ。彼女が動くと、桜色のくせ毛が、俺の脇腹を優しく撫でる。やがてその翡翠ひすい色の目で俺をとらえた彼女は、これまた妖艶ようえんな表情で言った。


「おはよう、ございます……♡」


 と、唇を舌でめまわす。


「お、おはようございます!?」


 ってなに挨拶してるの俺!?


「朝からお元気ですね、イツキ様は……あら、こちらも」


 そういってユーリィンはある部分を注視した。

 お願いだからやめてください!!


 俺は慌てて布団から飛び降り、なぜかそばの床に正座した。心臓がバクバクしている。


「ん、んああぁ……いい朝、ですね。やはり温もりがあると、安心して眠れます」


 ユーリィンは気持ちよさそうに伸びたあと、はだけた寝間着ねまきをちょっとだけ直し、そして足をろすようにベッドに腰掛け、俺と向き合った。


「すみません、忍び込んだりして」

「い、いい、い、いや、よくないけど! ……どうしてそんなことを」

「なんだか人肌恋しくなってしまって」


 それだけの理由!?


「――ここ数日、ずっとあの藁敷わらじきの上で寝ていましたから……それを思い出すと、落ち着かなくて」


 ユーリィンはそういって瞳を閉じた。


 彼女は先日まで、洞窟の中で身動きが取れない状態で過ごしていた。途中で死神の存在に気づき、呪いも付与され、空腹に耐え忍んだ。それは計り知れない恐怖だっただろう。彼女を洞窟から連れ出したのは、昨日の未明。彼女にしてみれば、昨晩は久しぶりの寝床だったのだ。それも、領主の家にある使用人用ベッドではなく、不慣れな宿の、薄い布団だ。……不安にならない方が、おかしいのだ。


「ごめんなさい、察しが悪くて」

「いいのですよ。わたしもこうして勝手に布団に忍び込んだわけですし、おあいこ、ということにして頂ければ、うれしいのですけれど」


 彼女はそういってウィンクした。


「でも、それならレカのところに行けばよかったんじゃ?」

「そう思ったんですけど……あの子、寝相が悪くて」


 レカが大の字で布団を蹴り飛ばしている姿が容易に想像できるところが、なんだか悲しい。


「それに、イツキ様にはお願いしたいこともあったので」

「お願い?」

「そうです」


 彼女はそういうと、おもむろに立ち上げると、俺の目の前にたった。


 眼前には、真っ白に伸びる細い太ももがあり、その付け根は寝間着でギリギリに隠れているというような危険な状態だった。俺は思わず視線をらすが、今度は彼女がしゃがみ、せまるようにしていより、俺の顔を間近でのぞき込んだ。


 翡翠ひすい色の瞳に、俺の紅潮こうちょうした顔が映りこんでいる。


「洞窟でのコト、覚えていますか?♡」

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