第43話 アマゾネスの女②

 最奥の部屋にたどり着くと、高官はノックし、言った。


「お連れしました」

「……」


 中からの返事を確認し、男が扉を開ける。ミシアは真っすぐ前を向きながら、その部屋に入っていく。男はミシアが入ったのを見届け、部屋の外側から、ゆっくりと扉を閉めた。


「きたよ」


 ミシアがそういうと、部屋の奥で座っていた男が、着席を促した。傭兵には似つかわしくないほどの高級家具が並ぶ一角に、ソファはあった。ミシアは遠慮することなく、どかっと腰掛けると、目前に飛んできた酒瓶を持ち前の瞬発力でつかみ取った。


「――アイデルハルンに新しく入ってきた酒だそうだ。なかなかのモノだったぞ」


 意地悪く酒瓶を投げつけたのは、まさしくミシアを呼びつけた男だった。ミシアとは旧知の仲であり、雑なもてなしをしてもミシアが粗相そそうをしないことを分かったうえで、そうしているのだ。ミシアもそれは理解しており、今投げつけられた酒瓶が「頼み事に対する報酬の一部」だと知りながら、豪快に飲んだ。


「いけるだろ?」

「いけるな」


 酒の味は、さすが男が勧めるだけのことはある。もちろん、これから言い渡されるであろう仕事の報酬としても、悪くない。


「それで、今日は何人だ」


 男が雑に聞くと、ミシアも酒瓶のラベルを見ながら、雑に答える。


「ざっと、十か」


 それを聞いて男は、それは見事な高笑いをした。まるで演劇でもしているかのような、誰かに見せつけるかのようなそれは、若干の嫌味が含まれていることは言うまでもない。


「もはや人間の男では、お前を倒すことはできぬかもしれぬな。どうするか、次は魔物でも連れてくるか」


 男は愉快そうに言う。


「冗談はよしてくれ。いくらあたいでも、人間以外と交わる気はないよ」


 そのミシアの答えに、男はますます愉快そうに大笑いした。一方、ミシアのテンションは下がるばかりだ。


「それで?」

 ミシアの冷めた言葉に、男もようやくと言った様子で、本来持ち合わせていた鋭さをあらわにした。


「アイデルハルンの西側に、見知らぬ民族の集落があるとの報告をうけた。彼らは若く、独自の文化を持っているらしい。彼らを調査し、必要ならば排除せよ――。それが国からのお達しだ」


 その言葉に、ミシアの顔が険しくなった。


「それをあたいに?」

「戦力が足りんのでな」


 男は端的にそういった。その言葉には、「お前が傭兵たちの意欲をそぐおかげで」という意味も含まれているのは明確だった。


「――殺しはやらないよ」

「名目はあくまでも調査だ。お前が見て、無害だと思うなら、殺す必要はない。だが、周辺からは気味悪がる声も上がっている。話がわからん相手なら、追い払う程度でいい。近くには都合のいい洞窟もある。――行ってくれるか」


 しかしその確認に、ノーの返答はありえない。

 なぜならこの男こそが、ミシアの雇用主だからだ。金払いは良いし、何よりこの男の元で働くことは、ミシアにとって都合がよかったからだ。


「――見つかるかもしれんぞ」


 黙って立ち上がったミシアの背中に、男が言った。


「お前の求める、男が、そこにはいるかもしれん。そういう意味でも、行く価値はあると思うが」


 ミシアが振り返ると、男は両手を広げて肩をすくめて見せた。


「見つかることを祈るよ」





 ミシアは何も言わずにその部屋を出た。

 そして、こぶしを握り、深く息をすると、再び歩き始めた。


「楽しみだな」



 ミシアが男と戦い続ける理由。

 それは、自分より強い男を探すためだった。



 アマゾネスの系譜。もたらされた肉体の強さは、よく理解していた。だからこそ、ミシアは強さにこだわっていた。その強い自分のそばにいる者は、己よりも強くなければならない。


「見つかるといいな――」


 ミシアはこう考えていた。

 己をはるかに凌駕する男。そんな男にいつか――


 ――組み敷かれたい、と。



「――あたいの旦那様」


 ミシア・セイバ。

 最強の女傭兵は、未来の夫を探すために、男と戦い続けていた。

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