EP-04. 褐色ダイナマイト娘

第42話 アマゾネスの女①

 拳闘場に、金属音が響き渡った。


「次!」


 充実した肢体の女が、吐き捨てるようにそう言った。


 女の前には、鎧を着こんだ男がうずくまっている。決してひ弱ではない、むしろ肉体は優れ、優秀な戦士であることが見て取れる。しかし男の手には武器がなく、それは離れた場所で再び音を立てて地面に転がった。それはつまり、たった今、この男が敗北したということを示していた。


 男が目前を立ち去った後も、しかし彼女の前に立とうとする者はだれ一人としていなかった。見渡せば、幾人もの男たちがそこらじゅうにうずくまっていた。彼らもみな、先ほどの男と同じように敗れた者たちだった。


「まったく、だらしねぇ。ちったぁ根性見せて、あたいを満足させてみな」


 しかしその言葉にも返事はない。彼らはみな、疲労と絶望を抱え、膝から崩れ落ち、立ち上がることができない。彼女が折ったのは彼らの武器だけではない、戦士として、男としての矜持をもへし折ってしまったのである。


「だめ、か」


 敗北した男の数、ざっと、十。猛者と呼んで差し支えない屈強な男どもを相手にしながら、女には一切の傷もなく、疲労もなかった。露出の多い身なりからは、女としての完成された魅力と、張り裂けんばかりのエネルギーと、そして美しい褐色の筋肉が、陽光に照らされて一段と輝いていた。 


 女としても戦士としても高いレベルにあるその肢体。そしてその体が操るのは、彼女の身の丈もあろうかと思われる、大剣。此処ここの誰よりも大きいこの獲物を、此処の誰よりも小柄な彼女は、此処の誰よりも速く、そして誰よりも自在に操ったのだった。それが、この光景の答えだった。


 ――ミシア・セイバ。

 アマゾネスを系譜に持つ、最強の女傭兵。

 彼女はまだ、一九歳だった。


「ミシア様」


 背後に、それなりの身なりをした男が立った。ミシアはその気配に気が付いていたが、あえてその名を呼ばれてから、怪訝な目線を背後に流した。


「長官がおよびです。身支度を」


 その言葉に、ミシアは苛立ちを隠そうともせず、その黒髪をわしゃわしゃとかきむしり、天に向かって大きくため息をつくと、


「わかった」


 と短くこたえ、男から受け取った外套にその身を包んだ。





「――いつまでこんなことを続けるおつもりで?」


 道すがら、後ろに続く男が言った。


「見つけるまで」


 ミシアの回答に、男はミシアに聞こえるようにため息をついた。


「そのお心はわかりますが、しかし、私たちのことも考えていただきたい」


「何が言いたい?」


「ここに集まる男たちは、それなりに成果を収めている選り取りの者たちなのです。あなたに敗れることで、自信を喪失するものもおります。おかげで士気は下がる一方。唯一上がっているのは、あなたの名声だけです」


「別にあたいは名声などに興味はないぞ」


「存じておりますとも。ただ、士気が下がれば、うまく機能しなくなるのが、組織というものです。私は心配なのですよ、組織の運営が」


「はっ。あたいには関係ない。そういうのを考えるのが、あんたら高官の仕事だろ。力仕事に、それを押し付けないでもらいたいね」


「気遣いの問題ですよ」


「ますます知ったこっちゃないねぇ。それで飯が食えるのかい? それで命を張れるのかい?」


 いよいよ高官は黙るしかなくなった。高慢な小娘の態度が気に入らないのは間違いないが、それに及ぶものを高官も持ち合わせていなかった。ミシアも、高官が諦めた様子をみて、今後は立ち止まって、そして言った。


「あたいは追求したいんだよ。女のかわいい願いごとだ、もう少し目をつむってはくれないか」


 男はミシアの目を見ると、ゆっくりと瞳を閉じ、何も言わず、先に歩いて行った。

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