第41話 「レカ」
店内がざわついている。
振り返れば、店の入り口からこちらに向かってくる二人の姿があった。
一人は深紅のフレアスカートを身にまとった、貴族の令嬢。
もう一人は、メイド服に身をまとった、桃色の髪の亜人。
「お、おい、あれ、ユーリィンじゃないか!?」
「生きてたのか! なんて奇跡なんだ!」
「ということはあの依頼は達成されたのか……!?」
店の客たちがざわつき、そして喜びの色に変わっていく。
レカとユーリィン。そこにはいないはずの二人が、ハイヒールをかつかつと鳴らしながら、俺たちの方へを向かってきていたのだ。
そしてレカは俺の前に仁王立ちし、満面の作り笑顔で言った。
「ごきげんよう、お二人さん。お食事中に悪いわね。だからと言って遠慮はしないけれど、邪魔するわよ」
レカは言いたいことを言うと、そこらへんの椅子をひっぱりだし、勝手に腰掛けた。俺が驚き、アルゥがあからさまに不快そうな顔をすると、ユーリィンが申し訳なさそうに笑顔で頭を下げてきた。
「ユーリィンさん。その服……」
ユーリィンは見違えるような身だしなみだった。きれいなメイド服に、髪留めと、リボン。白を基調とした服に、桃色の髪と翡翠色の瞳が良く映える。彼女を亜人たらしめるその長い耳も、こうしてみると、完成されている。
「ええ。これが本来わたしのお仕事着なんです」
ユーリィンはうれしそうにスカートの裾をつかんだ。その仕草に、なんともいえぬ色気を感じてしまう。
仕事着を着て、使用人としてレカに付き添っている。と、いうことは、ユーリィンは再び領家に向かい入れられた、ということなのではないだろうか。
「それじゃあ、お父さんは許してくれたんだ」
俺はそう言って、アルゥと目を合わせて、そして胸をなでおろした。
「ええ、っと――」
しかし俺のその言葉に、ユーリィンは困ったように笑っている。すると今度はレカが不機嫌そうに――だいぶ大げさに――腕を組んで、鼻を鳴らした。
「それがね、とんでもないのよ。せーっかくこのわたくしが有能な人材を命がけで連れ帰ったというのに、お父様ときたら、今すぐつまみ出せせ、なんていうのよ? ありえなくない? 使用人なんて誰にだって勤まるものじゃないのよ? その中でも、このユーリィンは私一番のお気に入りなのよ? 自分で言うのもなんだけど、わたくしの使用人なんて、簡単じゃないんだから」
本当、自分でいうことじゃないよね。なんでそんなに偉そうなんだろう。
「だからわたくし、いってやったのよ。領主ともあろうものが、人材の良しあしすら冷静に判断できず、私情で動くなんて、この街の未来が心配だわ、ってね」
うわぁ……
「ついでにこうも言ってやったわ。そんな領主の娘であることが恥ずかしくなってきたって」
口撃力高すぎるだろ! 自分の娘にそんなことを言われたら――。俺なら立ち直れないかもしれない。
「それで、どうなったんですか?」
想像してげんなりする俺をよそに、アルゥが聞く。その結果が気になるのだろう。
「顔を真っ赤にして猿みたいに何か言ってたわね」
だからお父さんに対してひどすぎだよ!
「あんまりにもうるさいから、わたくしがすることがそんなに気に入らなくて? と言ったら、もうお前は娘じゃない! ですって。だからわたくしはこう言ってやったわ。だったら力づくでいうこと聞かせてみなさいよ、って」
……嫌な予感がしてきたぞ。
「そしたら本当に掴みかかってきたから、わたくしもぷっちーんって来ちゃって。だから――」
「――だから?」
「吹き飛ばしてやったわ! そりゃあもう豪快に! 今頃お屋敷のなかはひっちゃかめっちゃかよ!」
レカはまるで武勇伝かのようにそれを語った。一方の俺は、頭を抱えた。ユーリィンの苦笑いはこれが原因だろう。以前よりパワーアップした彼女の風だ、家中の物が宙を舞い、変わり果てた姿になっていたことだろう。掃除を担当する使用人が気の毒だ。
「……つまり、喧嘩して出てきたってことか」
「勘当されてやったのよ!」
だからなんでそれ偉そうにいうの? なんか日本語的にもおかしいし!
「勘当ってお前……。明日からどうするんだよ。宿にでも泊まるつもりか? ほとぼりが冷めるまでって言っても、そりゃあ簡単じゃないぞ? 金もかかるだろうし」
ただでさえ親のいうことに逆らったんだ、その上神経を逆なですることを告げた挙句に風までお見舞いしてきたのだ。むしろ前より状況が悪化している。
「いいのよ、だってわたくし、帰らないもの」
「――え?」
彼女はさも当たり前かのように言った。
「だって勘当されたのよ? わたくしはもはや、ティアールカ家の人間じゃないんだから、そもそもあのお屋敷に帰る場所なんてないし、帰るべき場所でもないのよ。今のわたくしは、ただのレカ。そしてここにいるのは、わたくしの友達の、ただのユーリィンよ。メイド服着てるけどね」
なるほど。やはり事態はそう簡単には行かなかったらしい。だが、それだけに、レカの覚悟も本気のようだった。勘当されるということがどういうことかを理解し、そしてそれを受け入れている。
――強い子だな。
他人に文句や愚痴を言うやつは多い。だがそういうやつに限って、一人では何もできなかったりする。そういうやつを、たくさん見てきた。
だがレカは違う。自分の言葉の責任というものを、よくわかっている。そして、それを貫くことの覚悟のようなものが、彼女にはあるのだった。それが、なんだか心地よかった。それが、レカという少女なのだと思った。
「――で? そこまで覚悟が決まってるんなら、考えなし、ってわけじゃないんだろう?」
「当たり前じゃない。だから、今ここにいるんじゃない」
俺はその言葉の意味がよくわからなかった。
「――ねぇイツキ? 女身一つで生きていくのは、やっぱり大変だと思わない?」
だかアルゥはその真の意味を理解したらしい。
「――ご主人様! いますぐここを出ましょう!」
アルゥは素早く立ち上がり、俺の服の裾をつかんで、立ち上がらせようと引っ張った。
――しかし。その直後、俺のもう片方の腕は、レカによって掴まれていた。
「そういうわけで、わたくしは――」
そして彼女は立ち上がり、その腕を俺の腕に絡ませ、見た目よりもずっと柔らかなそれを押し付けながら、言ったのだ。
「――あんたのお嫁さんになることにしたから!」
店内に響き渡った、レカの良く通る声。
それは確実に、店内全員の耳に届けられた。
数秒の沈黙ののち、割れるような歓声に満たされる店内。領主の娘が公開告白するというセンセーショナルな展開は、そこにいる市民を盛り上げるのに十分だった。
よくわからないヤジやら口笛、しまいには食べ物までが宙を舞うほど盛り上がった異常な空間の中、俺の腕の感触を味わうように頬を擦り付けたレカは、こういった。
「幸せにしてあげるからねっ。ア・ナ・タ♡」
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