第40話 二人の在り方
「お疲れ様でした」
夕日の見える食堂。この町で初めてアルゥと訪れた場所だ。テーブルの上には少しだけ贅沢な夕ご飯が並んでいる。対面には、優しい笑顔のアルゥが、乾杯、とコップをかざしていた。
「お疲れ様」
俺もそれにコップを合わせて、一気に飲んで、ため息をついた。
あの後、ギルドに戻った俺たちは、しっかりとギルドから報酬を頂いた。レカがいうところの、うん倍、ということにはなっていなかったが、それでも十分すぎるほどの金が手に入った。その足で宿を借り、泥のように眠り、気づいたら再び日が傾いでいて、ちょうど腹の虫もなったので、夕食を取ろうということで、ここにやってきたのだ。
「ここは私が」
と、
「大変、でしたね」
一息ついて、アルゥがいう。
「大変、だったなぁ」
俺もそういって、少しだけ笑った。
情熱の塊のような少女、レカ。彼女のおかれた状況に、俺の心は動かされた。他人なんてどうでもいい、昔の俺ならそう思っていたはずだったのに。おかげで、レイドボスに突入し、死にそうにもなった。くたくたにもなった。
だけど、その疲労感が、今は嫌じゃなかった。
「……あの二人が、心配ですか?」
気が付けば、箸が止まっていた。アルゥは本当によく気づく。
「――まぁ、少しは、ね」
領主が処分を決定した使用人を、その娘が連れて帰る。それはきっと、ただ事じゃない。そして娘は、その身に精霊を受け入れて、さらにその道から外れてしまった。それが意味するところを考えれば、どんな運命が二人を待ち受けているのか、考えないわけじゃない。
「しかし気にしていても、仕方のないことです。ご主人様は、とても立派でした」
「そう、かな」
「そうです」
アルゥは俺に料理をとりわけながら言う。
「人の街で起こる人ならざるモノの末路は、決まっています。私たち亜人は、それを覚悟のうえで、人の街に寄り添っているのです。……彼女も、それはわかっているはず」
人の街での亜人の立場。それは先日アルゥから聞いた通りだった。実際、町で何度か奴隷を連れた人を見かけた。奴隷の多くは亜人だった。それがこの街の現実だった。それを考えれば、ユーリィンがその後どうなるのか、それを考えるのがつらかった。罰がない、なんてことはないだろう。あの場で死ぬよりはまし。それは酷く残酷な現実なのだ。よそ者の俺には、どうしようもないことなのだ。
「でも、ひとつだけいえることがあります。それは彼女も私も、幸運だったということです」
アルゥはそういうと、フォークの先に刺した肉料理を、俺の顔の前に差し出し、「あ~ん」といった。その魅惑的な笑顔と、しかし自然な動作に、俺も思わず口を開いてしまった。恥ずかしいと思って顔が赤くなるのを感じたのは、その肉を咀嚼してからだった。それを満足そうに見つめるアルゥは、俺が飲み込み終わるのを待ってから、言った。
「私が今こうしていられるのも、ご主人様と出会えたからです。そうでなければあの場で息絶えているか、あるいは他の者と同じように、奴隷として生きていたか。ユーリィンも、そう。領主とであったからこそ、使用人になり、そしてその娘と友人になれたのです。彼女の先に苦難が待っていることは否定できませんが、それでも、最後に仕えていた人自らが迎えに来てくれた。それに彼女は救われたはずです。亜人に対等に接してくれる、そういう人間と出会えたことは、私たちにとっては奇跡なんですよ」
彼女はそれをとてもうれしそうに言う。だけど、俺は素直には喜べなかった。
「そんな、大した人間じゃないよ、俺は」
俺はアルゥと出会ったときのことを思い出していた。
「どうせ死ぬなら、せめて人の役に立ちたいと思った。俺の命と引き換えに誰かが助かるなら、それでいいと思ったんだ。ただ、目の前で誰かが死ぬことが、嫌だったんだ。助けられたかもしれないものを、見過ごしたら、それはきっとあの世でも一生後悔するだろうって、思ったんだよ。ただそれだけ。この世界で亜人がどうだとか知らなかったし、その時はどうでもよかったんだ。相手がお前じゃなくたって、きっとそうしていたんだ」
仲間に追い出され、死を覚悟した。もし、俺があのままクラスメートと一緒にいたなら、身の危険を冒してまで、誰かを助けたりはしなかっただろう。
「でも、こうして一緒にいてくださるじゃないですか」
アルゥの言葉に、はっと顔を上げる。
「亜人のことを知らなった。死ぬつもりの命なら、誰かにあげてもよかった。――じゃあ、今はどうですか? 亜人のことも知っているし、ランクが上がって強くなり、そしてお金も手に入れました。死ぬような状況じゃありません。人として生きるなら、多くの人と同じように生きるのが、人間です。ご主人様も、そのように生きることもできるのですよ。選べるのです。選択権は、ご主人様にあります。ご主人様が望めば、私はそのようにします。――そしてその時私は、奴隷か、愛玩か――」
「ば、ばかなことを言うんじゃない!」
俺は思わず身を乗り出していた。彼女の肩が、ぴくっとおびえるのが、わかった。
「――アルゥ。約束したじゃないか。幸せにする、って。一緒にいることが自分の幸せなんだって、そういっていたじゃないか」
「言いました。でも、奴隷としても一緒にいられるじゃないですか」
「そういうことを言ってるんじゃない」
俺は怒りをあらわに彼女をにらみつけた。目をそらす彼女だが、数秒の間をもって、いよいよ観念したのか、そのケモミミをぺたっとたおし、反省したように肩をすくめた。
「……申し訳ありませんでした」
「――俺はその手の冗談は嫌いだ」
「以後、気を付けます」
すっかりしゅんとしてしまったアルゥ。俺もため息をつきながら、深く腰掛けた。少し、きつく言い過ぎたかもしれない。彼女も、不安があって言ったのかもしれないと、後悔が押し寄せてくる。
「そういうところですよ、ご主人様」
再び顔を上げると、満面の笑みのアルゥがいた。
「この世界の事を知っても、変わらず私といてくれる。そういう貴方を、そういうイツキ様を、私は愛しているのです」
その言葉に、再び俺の顔が一気に紅潮する。
「これからも、よろしくお願いしますね。ご主人様♡」
「……ほどほどに頼むよ」
やっぱり、アルゥにはかなわないなぁ。
――そう思ったときだった。
「みぃーつけたっ!!!」
その元気な声が、聞こえてきたのは。
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