第38話 紅蓮の天使

 そこからのレカは凄まじかった。


「とりゃぁあ!」


 おしとやかとはかけ離れた掛け声を発しながら、彼女は風のように舞った。彼女の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに風が追従するように、いや、それに湧きたてられるようにして、風は吹き乱れた。その風は彼女の翼のそれのように、わずかに虹色を帯びて視覚化され、それはまるで無数の光の帯が彼女とたわむれるように、洞窟内を縦横無尽じゅうおうむじんに飛び交っていた。それらは死神を翻弄ほんろうし、時に突き刺さり、時に拘束こうそくし、時に意味の薄そうなビンタをしたりした。それらのたわむれに、しかし死神は苦しそうにうめき、その大鎌を振るう余裕すらなくなっているのである。


「これは、いったい……」


 俺は彼女の舞から目が離せなかった。これがキャラクターランク1の攻撃だと?


「これが、本来のお嬢様のお力なのですよ」


 いつの間にか横に来ていたユーリィンが言った。


「彼女はこの力をわたしから貰った、と、そう思っているようですが、本当のところは、ちょっと違うんです。彼女は生まれながらにして、風の精霊に愛されていたんですよ。わたしはその背中をちょっと押しただけ」

「じゃあ、この力は……」


 死神は明らかに、苦しんでいる。そして、明らかにイラついている。


 この世界がゲームなのであれば、エネミーに感情があること自体がナンセンスだ。しかし今あの死神の様子をみれば、苦痛をもたらし翻弄ほんろうしてくるその風の帯に、苛立いらだちを感じていることが容易に分かった。レカが生み出した風は、俺たちが実現することのできなかった攻撃を行い、そして――敵を追い詰めているのだ。


「風の精霊の力です。わたしが彼女に与えたのは、精霊と関われるようにする力。わたしたち妖精族に伝わる、ちょっとしたコツのようなものです。お嬢様はすぐに風と仲良くなって……それはそれは大変で」


 使用人全員を吹っ飛ばしたことがある――。その逸話も納得だ。お転婆娘がこれだけの風量を扱えたなら、それはもはや天災だ。今の状態を見れば、それがわかる。


「それで封印をしようとして、失敗した。風に守られた彼女は、だから気絶してしまった?」

「いえ、それは違うのです」

「違う?」

「ええ。です。わたしがやったのは、をつくること。わたしたち妖精族が精霊と一つになるのに必要な儀式を施したのです。彼女の中にできた精霊の器に、大量の精霊たち流れ込みました。……それに耐えられず、彼女は気を失ってしまったのでしょう。そしてさきほど――」


 その時、死神が再び悲鳴を上げた。


 執拗しつような風のたわむれにいよいよ我慢が出来なくなった死神は、一度その姿を消した。


 ――この挙動は、呪い攻撃の――


 案の定、再び姿を現した死神は、あの鐘楼しょうろうのような光をかざし、何かをしようとしている。――あの呪い攻撃を、発動しようとしている。


「――甘いわ!」


 レカが叫ぶ。ほとんどそれと同時に、風の帯が渦を巻くように鐘楼に収束し、それを締め上げていく。


 その様子を見たユーリィンが、


「――その器を壊してしまいました」


 そう、笑顔で言った。


 身動きの取れない死神。ギギギ、と金属が悲鳴を上げると、ついには、その鐘楼は破壊され、鐘楼に集まっていた緋色の光が、死神自身に降り注いだ。


『うぐあぁああぁぁぁっぁあああああ』


 まるで酸でも降りかかったかのように、煙を上げながら地面に落下した死神は、そのままうずくまって動けない。


 ――攻撃のチャンスだ!


 俺はそう思い、剣を構えた。風を避けながら機会をうかがっていたアルゥと目が合う。さぁいざ斬りかかろうとした瞬間、ユーリィンが俺の方に手をのせて引き留めた。


「知っていましたか? 風は他の属性を増幅する力があるんですよ」


 そしてユーリィンは、レカの背中の翼を指さした。


「お嬢様の背中に、炎の付与を」


 彼女の真剣な、しかし余裕のある――すこしエッチな――瞳に、俺が映っている。彼女はその先の結果を信じているのだ。


「エンチャントフレイム!」


 俺は迷わず、炎属性付与魔法を詠唱し、その手をレカの背中にかざした。


 すると、虹色の彼女の翼が、みるみるうちに緋色に染まっていく。彼女の周囲を包む帯たちはたちまち朱色に染まり、気が付けば、彼女を中心とした爆炎の渦がそこには出来上がっていた。


 風が熱を取り込んでいる。巻き込まれたら何もかもを燃やし尽くしてしまいそうな熱が、洞窟全体を照らし出している。その威力が増幅しているのが、わかる。距離が離れている俺のHPが、徐々に減少していきているのが分かる。


「いいことを教えてあげるわ、死神さん」


 その渦の中心で、レカが言った。


「領主ってのはね、治安を維持する責任があるのよ。悪を罰するのも、わたくしの使命。それがどういうことかっていうのを、教えてあげるわ。――その身にね!」


 レカが指さす。まるで拳銃でも構えるかのように伸ばしたその腕に、炎の渦が収束し、圧縮され、濃縮され、蛇のように纏わりついている。それは今すぐにでも爆発してしまいそうな密度をもって、強烈な光を放っている!


「あの世で後悔なさい! ――ふぁいやー!!!」


 刹那せつな、彼女の指先から紅蓮の蛇が爆音とともに放たれた。それは死神に着弾すると爆発したかのように燃え広がり、死神を一瞬で炎で包み込んた。それは再び渦をまき、竜巻のように上昇したかと思えば、霧散するかのように消え去った。


 ――そしてそこには、死神の姿はなくなっていた。




『レイドボス討伐完了――報酬を獲得できます』



 俺の目前に表示されたウィンドウは、その戦いの終了を告げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る