第36話 死神との死闘⑥

 ――しかしそれでも死神は倒れない。


「くそ、こいつ、いったいいくつHPがあるんだ!?」


 気がつけば、俺のMPも残すところあとわずか。アルゥも先程からスキルを一切使っていないところを見ると、とっくにSPが枯れてしまっているのだろう。


 何か打つ手はないか――


 俺は戦いの最中、自分の背後にも意識を集中した。独房への入り口で、ユーリィンが床に座り込んでおり、それにレカが寄り添っている。俺から生気を吸い取ったからといっても、ユーリィンの呪いは解除されていない。表情は苦しそうだ。


 対するレカは、ランク1だ。彼女の風を操る力があっても、効果的なダメージを与えることは出来ないだろう。何より、一撃でも貰えば瀕死になってしまうかも知れない彼女を最前線に立たせるわけには行かない。


 とはいえ、このままではらちが明かない。まさかボス相手に通常攻撃だけで戦い続るだなんて。長引く戦いの中で一瞬でも気を許せば、あの大鎌から致命的な一撃をもらうことになる。俺はランクが上がったといっても、HPの何割かはユーリィンに吸われてしまった。運が悪ければ、一撃でもあの世だ。


 だとすれば。


「ユーリィンさん!」


 俺は大鎌をギリギリで回避しながら叫んだ。


「何か他に打つ手は無いかな!? 何か、何かでいいんだ!」


 彼女に秘められた能力に期待するしかない。


 レカによれば、ユーリィンは樹木に対して回復魔法を使っていた、と言っていた。俺のスキルツリーにそんな系統は存在しないが、本当に存在するなら、俺とアルゥのHPを回復し、戦いに少しの余裕を生むことはできるはずだ。それに、先程のホーリー・レイのような、戦況を大きく変えるスキルを持っている可能性だってある。あのMP量だ、呪いにかかっていても、スキルさえ発動できれば、風向きが変わってくる可能性だってある。


「頼ってばかりでごめん! でもこのままじゃ……わっ!」


 俺の足元ギリギリに大鎌が垂直に突き刺さる。その衝撃で俺は後方に吹き飛ばされ、壁に激突し、少々のダメージを受けた。そのスキを見逃しまいと振るわれた横薙ぎは、アルゥが俺と死神の間に割り込み、小刀で軌道をずらしてくれたことで、なんとか回避できた。


 徐々に押されてきている――。俺はいつのまにか、後方のレカやユーリィンに意識を向けることが出来なくなっていた。一瞬でも気を許せば、あの鎌に真っ二つにされてしまう。俺とアルゥはお互いをカバーしながら、なんとか戦いを続けていた。





「――お嬢様」


 ユーリィンに呼ばれて、レカは初めて、自分の手が彼女の衣服を強く握りしめていることに気がついた。ボロボロのそれを破いてしまうほどに。


「助けたいですか? あの少年を」


 レカは目を丸くした。自身の従者が、いったい何を言っているのか、耳を疑ったのだ。続いて怒りが湧き上がってきた。しかしそれを言葉にする前に、ユーリィンが口を開いた。


「領主様がなぜレカ様のお力を封印しようとなさったのか。その理由はわかりますか?」

「……領主の娘として、不都合な力だったから……」

「そうです。――


 レカははっとした。


「領主様は、レカ様に領主の娘として、普通の女の子としての人生を歩んでほしかったのです。領主の娘という恵まれた立場で、のびのびと育ち、ゆとりと教養をもった優しい心で、この国を導いて欲しかったのです。レカ様がそのお力を持ち続けることは、その道を否定することになります。その力を開花させたわたしに、それを封印せよと命じられたのは、そういうところなのです。そして、それをわたしが、処分されることは、仕方のないことなのです」


「ちょっとまって、しなかったって……」


 ユーリィンは優しい表情で首を振った。


「だって、あんなに楽しそうに風と戯れるお嬢様から、それを奪ってしまうなんて、わたしには出来ませんでした」

「えっ……じゃあ、あの時にやっていたのは――」


 そこまで口にして、レカは強烈な違和感に襲われた。


「――もう一度聞きます。お嬢様、あの二人を助けたいですか?」


 レカの瞳に、ユーリィンが映る。そして、ユーリィンの瞳にも、レカが映し出されている。


「――助けたい」

「――領主の娘としての生き方に、戻れなかったとしても?」

「――それでもわたくしは助けたいわ」


 レカは立ち上がり、拳を強く握りしめて、言った。


「彼らを見捨てないと手に入れられない人生なら、こっちから願い下げよ! 自分の命欲しさに誰かを犠牲にするなんてのは、クソヤロウがすることよ! そんなこと、わたくしの魂が許さない!」


 いつの間にかレカの瞳から流れ出した雫が、ユーリィンの額で弾けた。


「――さすが、わたしのご主人様ですね」


 ユーリィンも立ち上がり、震えるレカをそっと抱きしめた。

 そして瞳を合わせ、その覚悟が違わないことを確認すると、そっと瞳を閉じた。


「それでは、後ろを向いて下さい」


 後ろを向いたレカの背中に、ユーリィンはそっと人指し指を当てた。



 ――あの日、行った儀式のように。

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