第34話 死神との死闘④

 駆けつけた独房の奥、藁敷わらじきの上で、膝を追って座ったユーリィンが項垂うなだれていた。


「ユーリィンさん! 大丈夫ですか」


 今にも転倒してしまいそうなフラフラの体を、側により、背中に手を回して支える。直に触れると、その痩せ具体がよく分かる。皮膚は薄く、筋肉と骨の感触が汚れた布越しに伝わってくる。彼女は蒸せ込み、呼吸を落ち着けた後で、やっと口を開いた。


「……大丈夫です。お呼び立てして、申し訳ありません」


 そしてまたむせる彼女。彼女の呪いは未だ解除されておらず、HPはギリギリの黄色表示だ。しかし、バッドステータスのうち、飢餓が空腹まで緩和されている。側にあった肉の塊――先程俺が調理していたものだ――が半分だけかじられた状態で床に転がっているのを見て、レカに食べさせて貰ったのだろうとわかった。


「それで、話って何かな」


 俺は広場で戦う二人が気になっていた。先程から数度、スキル使用時の発光がここまで僅かに届いている。悲鳴が聞こえないあたり二人はまだ無事なのだろうが、防戦一方なのは変わらないだろう。本音を言えば、今すぐにでも戦闘に復帰したかったのだ。


「――心配ですか、お連れの方が」


 それを見たユーリィンが弱々しく口にした。


「当たり前でしょう! アルゥだけじゃない。レカだって、そしてあなただって。何としても、ここから生きて出たい。いや、そうする責任が、俺にはあります」


 思わず力んだ俺の視線を見て、彼女は優しく微笑む。


「……お優しいのですね。イツキ様は。……彼女達が戦闘している間、それを利用して貴方だけでも脱出することもできたでしょうに」

「そんなことできるわけない!」

「わかっています。それをできない優しいあなただからこそ、レカ様もああして頑張っておられるのでしょう。……ならばわたしも頑張らなければ」


 ユーリィンはそういって胸をなでおろし、呼吸を整えてから、俺の瞳を真正面に見つめて、言った。


「お願いがあります。――わたしに、くちづけをしていただけませんか」


「――はぁ!? 何をいって――」


 この状況でこの子は一体何の冗談を言っているんだ!? 向こうで二人が命をかけているというのに! 


 そうやって湧いてきた怒りだったが、しかし彼女の真剣な眼差しは変わっていない。冗談で言っているわけでは、無いみたいだ。


「もちろん冗談ではありません。この額の紋章に、くちづけをして欲しいのです」


 そういって彼女は瞳を閉じ、額を差し出した。


 彼女の額には青白く光る紋章のようなものが描かれている。まるでフェロニエール――額のところに宝石などがくるよう頭に巻くアクセサリー――のように、額の中央には、左右から伸びてきた線が交差し、ひし形の瞳のようになっている。彼女はその中心を指差している。


「それに、なんの意味が……」


 俺はたじろいでいた。生まれてこのかた、キスなんてしたことがない。もっと言えば、アルゥ意外の女性の肌に触れたことすらない。まして、先程出会ったばかりの女性に、こんな状況で口づけるだなんて……


 俺は顔が紅潮していくのを感じた。


「――説明している時間はあまりありません。さぁ、早く。――お二人を救出するためにも」


 そして俺の目の前に彼女の額が近づけられる。俺は逡巡するが、そこまで来て、レカの言葉が頭をよぎった。


 ――あの子は大事な時に私情で動く子じゃないわ。きっと、大切な話よ――


 後ろを振り向けば、遠く光の明滅が見える。


 ――迷っている、暇はないか。


「ええい、わかったよ!」


 俺はそういって、彼女の光る紋章、その額に、そっと唇を押し当てた。



 ――こ、こうかな――



 その、瞬間だった。



『ユーリィンの好感度が上昇しました』


 

 ――またあのメッセージ!?


「!?」


 強烈な違和感に目を開けば、彼女の額が強く発光していた。


「うぐっ!?」



 そして、俺の体から何かが吸い取られるような感覚――実際に全回復していたHPが減少していく!?――が俺の体に襲いかかった。驚きのあまり体を離すと、今後は彼女の全身が青白く発光していた。


「ユーリィンさん!?」


 ユーリィンは何かに取り憑かれたようにゆっくりと立ち上がる。その足元には額にあったのと同じような紋章が魔法陣のように現出し、その中心にいる彼女がようやく瞳を開けば、その表情は恍惚感にあふれている。


「――はぁ……ああ……気持ちいぃ……」


 彼女の瞳は遠いどこかを見ている。そして舌を少しだして、ぺろりと唇を舐め回した。


 ――なんだ!? 怖い!

 ……けどちょっと――エロい!


「ああ、おいしい――。これが男の人の生気……病みつきになりそうです……」


 まるで先程とは別人のようなユーリィンがそこにはいた。

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