第32話 死神との死闘②

「ちくしょう!」


 矢は天井の岩肌に命中し、その火を消しながら落下した。


 これで俺に残された手段は、威力の期待できない遠距離魔法攻撃のみ。MPを枯渇させてしまったら、武器に属性を付与することもできなくなり、俺は全く役に立たなくなってしまう。


「今のうちに逃げるか」


 そう、あたりを見回しながらつぶやいた時だった。


 不穏な風切り音と共に、ゴーストは再び姿を現した。その手には、ランプとも鐘とも言えるような何かをぶら下げている。ランプの中央には緋色の宝石が鈍い輝きを放っていた。その鐘を、ゴーストは頭上へとかざした。


 そして――


『ヒョォォォォォォオオアァァァァァ!』


 再び強烈な悲鳴音が鳴り響いた――と思った次の瞬間。


「うわっ……あ!?」


 体が急に重くなった。俺はバランスを崩し、膝をついた。そして一瞬のうちに、HPバーの大半が紫表示に変わったのに気がついた。


「いったいこれは……!?」


 バッドステータスに表示されているのは「呪い」。――ユーリィンに表示されていたバッドステータスと同じものだった。さらに、鈍足化まで付与されている。HPの最大値が大幅に減り、さらに攻撃や防御といった基本ステータスすらも大幅に下降している。――とても戦闘できるレベルではない。


「ご主人様! 大丈夫ですか!?」


 アルゥが駆け寄り、俺の前で武器を構える。


「アルゥ、お前はなんともないか?」

「はい! 私はなんとか! 立てますか?」


 その後ろ姿に意識を集中し、ステータスを見る。アルゥには呪いのバッドステータスは付与されてはいない。だがしかしHPは半分ほどの黄色表示、SPやMPも減少し、長時間の戦闘は厳しい。――そして何より。


「なんとか……だが、戦闘継続は厳しいかも知れない」


 鈍足化が付与された俺は、移動すらままならない。こんな状態であの大鎌を振るわれれば、回避は叶わず、俺の体は真っ二つになってしまうだろう。


 ――だったらせめて。


「……アルゥ。俺が最初にお前に言ったことを、覚えているか?」

「え? あ、え、ご、ご主人様、何を……」


 死神は俺に確かに意識を集中させている。あいつが放った攻撃によってバッドステータスを付与されたのは俺。あれが奴にとってのマーキングなら、次の狙う相手は、間違いなく俺だろう。そして案の定、死神はその大鎌を大きく振りかざした。


 俺のいる場所に、あの大鎌が振るわれる。アルゥはそんな俺を守ろうとするだろう。だが、それはつまり、二人揃ってHPがゼロになるということだ。


 ――そんなことを、させる訳にはいかない。



「ごめんな」



 俺の視界。呆ける表情のアルゥの向こうで、死神がその大鎌を、まさに振り払おうをしていた。


 ――トン。


 俺に突き飛ばされた彼女が、絶望の表情に変わっていく。咄嗟に伸ばした彼女の手は、俺に届くことはない。彼女の身が俺から離れていくのと引き換えに、大鎌の切っ先が、俺に近づいていた。


「幸せになれよ」


 ――この世界に来たのは偶然だ。俺にとっては、二度目の人生。いわば、拾い物だ。

 そしてこの拾い物の世界で、俺は思わぬ拾い物をした。それは白狼の少女。

 こんな俺を信じ、心を寄せてくれる存在が、人と心を通わせることの素晴らしさを、教えてくれた。

 現実に裏切られ、仲間に裏切られ、傷だらけで腐っていくだけだった俺の心を、彼女が救ってくれたのだ。

 この喜びを知れただけでも、俺の人生には価値があったのだと、そう思える。


 悔いがない、とは言わない。だが、せめて、俺を救ってくれた少女を、俺はもう一度救いたいのだ。


 ――それが叶ったなら、少しは納得してあの世に行けるかもな。


 俺はロングソードを構え、防御の姿勢をとった。それはきっと意味の無い行動だろう。だが、少しでも抵抗したかったのだ。


「ご主人様ぁああああああ!」


 切っ先が俺の体を真っ二つにする――。



 ――その時だった。



 突然、俺の体の周りに強烈な風が吹いた。

 刹那、まるで何かに突き飛ばされたかのように、俺の体は宙を舞った。


「!?」


 そして大鎌は浮かび上がった俺の下を通り過ぎていく。


 ――助かったのか?


 洞窟の天井すれすれまで浮かび上がった俺の体は、すぐさま自重で落下し始める。コントロールを失った体が地面に打ちつけられる直前、再びその風は吹いた。まるで空気の絨毯のようなものが俺を優しく包み込み、俺を地面にゆっくりと立たせたのだ。


 ――この風はまさか――




「なに一人で死のうとしてんのよ」




 真紅のフレアスカートが、俺の視界で揺れている。


「――困るのよ。ここであんたに死なれたら、わたくしが死なせたみたいじゃない。それは……あんまりだわ。それに――」


 レカが俺前に立ちはだかり、仁王立ちしている。そして、今まで見せたことのない優しい表情で、言った。


「あんたが死んだら、寂しいわ」 


 そして、あの声が、俺の脳内に響いた。




『レカの好感度が上昇しました。 ――レカの好感度が上限に達しました』

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