第31話 死神との死闘①

 デス・ゴーストは出入り口をその巨体で塞ぐようにして、空中に揺蕩たゆたっている。その視線は――顔はないがそれははっきりわかる――完全に俺たちを捉えている。後ろは独房、行き止まり。つまり、俺たちに逃げるという選択肢はない。


「おいおい……まじかよ」


 デス・ゴーストのランクは不明。ここに至るまでのエネミーランクから考えれば、そこまで高ランクでないことは予想できる。しかし、レイドボス・エネミーとなれば、間違いなく強敵のはず。


 本来、レイドボスとは、事前準備は当然として、十分に強化されたメンバー大勢で挑み、なんとか勝てるように調整された強力なボスエネミーだ。弱いはずがない。


 対してこちらはランク5のアルゥと、ランク2の俺、そしてランク1のレカ、ランク4のユーリィンだが、最後の一人は事実上戦闘不能だ。不利なんてもんじゃない。


「まったく、タイミングが最悪すぎる!」


 だが、ここで負ければ、それで終わりだ。この世界で死亡したら、いったいどうなるのだろうか。以前は死んでも構わないなんて思っていたが、今は身がすくむほどにそれが怖い――。


「私におまかせを!」


 アルゥが弾けるように駆け出す。彼女は小刀を握りしめ、壁を蹴って大きく跳ね上がり、体を空中でひねって、その切っ先を相手の顔面目掛けて振り抜いた。


 ――が、その刃は霧を切り裂くがごとく、通り抜けていく。


「物理無効か!」


 アルゥは回転しながら着地し、体勢を整える。そして小刀を構えたところに、ゴーストの大鎌が振り払われる。その切っ先は小刀の腹を捉え、アルゥもろとも吹き飛ばしていく。


「アルゥ!」


 アルゥは空中で受け身をとり、壁を蹴り、そして俺の脇に着地し、もう一度構える。そのほほに、うっすらと切り傷が浮かびあがり、僅かな赤がその肌を伝っていく。


「大丈夫か!?」

「はい、ダメージを少し貰いましたが、なんてことはありません」


 彼女のHPバーが一割ほど減少している。5HP10が、あの攻撃にはあるということだ。俺が生身で受ければ、一撃で瀕死になるだろう。


「物理無効なくせにあっちは物理攻撃可能って……そりゃ反則だろ」


 RPGの定番。ゴースト――霊体系のエネミーは、大抵の物理攻撃を無効化する。この世界のエネミーも、それに習っているという訳だ。


 だとすれば――


「それなら、こいつはどうだ。――ファイアボルト!」

 

 俺は手をかざし、小さな火玉を放つ。それはゴーストの体に命中し、燃え上がった。


「やっぱり! 属性攻撃なら効くんだ!」


 物理攻撃は通り抜けるが、魔法攻撃なら命中する。しかし俺の貧弱な魔法攻撃では十分なダメージを与えられているようには、到底思えない。それを証明するように、ゴーストは大きく振りかぶった鎌を、俺目掛けて振り下ろした。


「うわっ」


 俺とアルゥは両サイドに弾けるように飛んでそれを回避する。鎌は岩盤に突き刺さり、破片を撒き散らす。その衝撃に、レカが短く悲鳴を上げた。


「大丈夫かレカ!」

「だ、大丈夫よ!」


 俺は体勢を立て直しながら、レカ達から離れるように移動した。彼女たちを巻き込む訳には行かない。


「アルゥ! 属性攻撃なら通るぞ!」

「はい!」


 俺が叫ぶと、アルゥは小刀を構え、突進していく。再び飛び上がったアルゥの小刀と体はゴーストを通りすぎ、雪華氷刃せっかひょうじんの氷華エフェクトがゴーストから咲き乱れる。


「エンチャントフレイム!」


 俺は自身のロングソードに炎属性を付与し、ゴーストに斬りかかる。その刀身はゴーストの体をすり抜けるが、炎のエフェクトだけはゴーストの体に燃え移り、ダメージを与えている。


「これならいける!」


 そして再び俺が振りかぶった瞬間、ゴーストはふわっと浮かび上がり、俺の刀身は完全に空を切り、地面に叩きつけられた。


「届かないよ!」


 俺が叫ぶと、再び壁を蹴って高く舞い上がったアルゥが、雪華氷刃せっかひょうじんを決めていく。そこまできて、初めてゴーストが大きくうめいた。


「よし効いてる! アルゥ、それあと何回使える!?」

「三回が限度かと!」


 アルゥのSPとMPは残り少ない。全部使い切ったら、アルゥに属性攻撃手段は無くなってしまう。


「これで補助する! 頼む! ――エンチャントアイス!」


 アルゥの小型に氷属性を付与すると、その刀身は青白く発光し始めた。アルゥはそれを確認すると、再び飛び上がってゴーストに斬りかかる。


 俺はカバンから木の弓――木の枝から作れる初歩装備だ――を取り出し、弓に炎属性をエンチャントし、放った。


「これならどうだ!」


 燃え盛る矢はゴーストの体を突き抜け、やはり炎だけが剥ぎおとされるようにゴーストの体に燃え移っていく。


「こんなところで役立ってくれるとはな!」


 ランク上げ方法を模索する中で数多習得した武器スキル。弓が扱えることをこんなに有り難く思えた瞬間は今までにない。


 ――しかし――


「残り三本か――」


 矢の残り本数は少ない。矢がなくなれば、弓などただのガラクタだ。

 とはいえ、あの高度にあるゴーストに攻撃を加える手段が、他に残されていない。威力の低い攻撃魔法でMPをいたずらに消費すれば、アルゥに属性付与させる手段もなくなってしまう。


 俺は逡巡しゅんじゅんの後、弓を構え、立て続けにそれらを放った。一本、二本、そして最後の一本を放った時だった。


 ――ゴーストの体が突如として消え、鎌が地面に落下した。


「なっ」


 俺の放った最後の矢は虚しく空を切った。

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