第29話 封印術

 魔法。

 俺たち冒険者が、スキルとして習得するだけで使えてしまう、奇跡。だが、この世界の一般の人達は、そうはいかないらしい。


「ユーリィンは枯れそうな大木を癒やすのに使っていたわ。それを見て、わたくしも魔法を使ってみたくなってしまったの。その時わたくし達はまだ幼くて、それがどういうことなのかを深く考えたりはしなかった。彼女は快く教えてくれて……わたくしが魔法を使えるようになるのに、時間はかからなかったわ」


 レカはそう言いながら、手のひらに風の渦をつくり、道筋を示していく。


「その力と、ユーリィンが投獄されたのには、関係があるのか」


 その背中に俺が言うと、しばらくして、言葉だけが返ってきた。


「幼い頃のわたくしは、この力が引き起こす奇跡に夢中になったわ。楽しかった。ときには多くの人に迷惑をかけたりしていたけれど」


 街の男たちの話を思い出す。ティアールカ家の使用人はレカに全員ふっ飛ばされている、と。この風の力が原因なのだろう。


「大人になるにつれ、これみよがしに魔法を使うことがあまり得にならないことも理解したの。ティアールカ家のレディになるには、都合が悪いことも多かったのよ。だから、お父様はわたくしの魔法を封印することにした。――ユーリィンの封印魔法を使ってね」


 魔法の封印? スキルの封印ということか? 

 そんなスキルが存在するというのだろうか。

 しかし――


「だが、それは失敗した――。現に今、レカは魔法を使えている」


 俺の言葉に、レカは黙ってうなずく。スキルの封印が失敗したのは、彼女が今もたくみに風を操っていることからも容易に想像できる。


「その時、わたくしは気絶してしまって……。気がついたら、ベッドの上だった。そして……ユーリィンはいなくなってた」

「じゃあ、怪我というのは……」

「ああ、倒れた時に頭を打ったみたいで。たんこぶができてたわ」

「それだけ!?」


 思わず出した大きな声が洞窟に響き渡った。


 となると、ユーリィンが追放された理由は、怪我をさせたことでは無いのだろう。意識を失わせた、ことが原因だろうか?


「結局、口実よ。父はユーリィンがうとましかったんだわ。追い出すのに、ていの良い理由が欲しかったのよ」


 レカはそういって髪を払い、また風の渦を両手で作り始めた。風が奥の道に吸い込まれていく。その背中は、それ以上追求しないでくれ、と言いたそうに見える。

 だが、俺はそれを言わずにはいられなかった。


「追い出す、と言うには、随分な対応だけどな。……これじゃ、殺しと同じだ」


 追い出したいなら、クビにすれば良かっただけのことだ。それを手足を手綱で縛り、単独脱出不可能な洞窟に置き去りにする。そして四日間、助けに来ない。……まるで、最初から殺すことが目的だったみたいに。


「ちょっとあんた! 言い方に気をつけてよ。それじゃまるでもうユーリィンが死んでるみたいじゃない!」


 そうレカが声を張り上げた時だった。


「……レカ……様……?……」


 その声は、遠くかすか、確かに洞窟の奥から聞こえた。


「ユーリィン!? あなたなの!?」

「……レカ様!……」

「この声! ユーリィンに間違いないわ!」


 俺は驚愕きょうがくした。この環境に四日間いて生きているなんて――


「待ってなさい! 今行くから!」


 レカが弾けたように走り出した。俺とアルゥも急いでその後を追う。


「……だめです……来ては……」

「大丈夫よ! もうあなたを一人にしないわ!」


 奥まで風のように駆けていく。そうしてたどり着いた洞窟の最奥、少し広くなった空間の更に奥に、鉄格子の独房とその中に人骨が並んでいた。その最奥の部屋に、彼女はいた。


 ――桃色の髪に、翡翠ひすいの瞳。とんがった耳と、ひたいにうっすらと輝く紋章。そして、透き通るような白い肌のはかなげな少女――ユーリィンが、独房の藁敷わらじきの上に横たわっていた。

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