第26話 友達に別れの言葉を②

 そんな訳で、ギルドに紹介された馬車にレカを乗せ、早速飛び出してきたという訳である。


 情報によれば、ユーリィンが投獄されたのは、四日前の夜。人間なら、デッドラインだ。事態は一刻を争う。馬車の運転手には、可能な限り急ぐようにと伝えたのだ。


 ――事情を知っていれば、最初から引受けたのに。


 そんな後悔が、自戒じかいの念が俺を責め続けている。それが彼女に優しい言葉をかけてやれない理由でもあった。


「こっから先は無理です。――エネミーもでてきます」


 馬車は丘に差し掛かったあたりで止まった。石の割合が増え続けていた畦道あぜみちだが、高度が上がるにつて、いよいよ路面は岩盤へと変わった。この先は滑落などの危険性がある。


 俺は一足先に飛び降り、馬車主に言った。


「ギルドに戻って、依頼を達成したと伝えてくれ。報酬はギルドから受け取ってくれ」

「……待って無くて良いんですかい?」

「ああ、行ってくれ」


 アルゥとレカが下車したことを確認し、俺は馬車主の背中を叩いた。男は申し訳無さそうにしながらも、さっそうと道を下っていった。


「さて、と」


 振り返れば、レカは口元を押さえてげんなりしており、アルゥはその後ろに回って、コルセットを締め上げている。


「しかしあんた、なんでそんなに動きにくそうな格好なんだよ」


 細かい刺繍の入った純白のブラウスに、真紅のフレアスカートをコルセットで締め上げている。目を惹かれるのは、翡翠ひすいの大きなペンダント。それに紐を通して、ブラウスの首元を留めている。シルクのような金髪は、風によって乱れてしまっていた。


「なぜって、これしか持ってないのよ」

「一着しか持ってないのか!?」

「違うわよ! 同じ物を沢山持ってるの! この格好はいわばあれよ、ティアールカ家の証なのよ」


 レカはそういって腰に手をあて、いまいち元気なさそうに胸を張った。


「とはいえ、この先はエネミーも出る。知っての通り、俺はキャラクターランクも低いから、あんたを守り切れるとは限らない。だから――」


 そこまで言うと、レカがなんだかニヤニヤしているのに気がついた。


「なんだよ」

「へぇ、守ってくれるつもりだったんだ、って思って」

「当たり前だろ、そんなの」


 何をバカなことを――


 そう思った、瞬間だった。



『レカの好感度が向上しました』



 またあの音声が脳内に鳴り響いた。


 ――これは攻略のメッセージ!?


「……ふぅん。男らしい所もあんのね、あんたにも」


 そう言うレカの顔は、月夜の薄暗でよく見えない。


 ――ばかな。まさか、このレカが攻略対象だとでも言うのか!? こんなとんがった女が――


 俺は激しく動揺したが、それを誤魔化すように、悪態をついた。


「それに期待するな、って話をしているんだが」

「わかってる。自分の身くらい、自分で守れるわよ」


 レカはそういうと、胸元のペンダントを緩め、ブラウスを開け放ち、ペンダントを谷間に入れると、取り出したかんざしで髪を上げた。絹のように美しい首筋が、月下の光で妖艶ようえんに輝いている。


「なに見惚みとれてんのよ」

 

 美しい――


 思わずそう思った。想像よりも女性的な部分に思わず面食らう俺をよそに、彼女はさらにフレアスカートをウエストから持ち上げ、膝上まで持ち上げると、仁王立ちして言った。


「これでも、逃げ足には自信があるのよ。ティアールカ家稀代のお転婆、足手まといにはならないわ」


 彼女の勝ち気な瞳が、月光の下、眩しい。


 ――どき。心臓の高鳴りを感じた。


「……そいつは頼もしいな」


 俺はあのメッセージに激しく動揺していた。この胸の高鳴りも、きっとそのせいだろうと思うことにことにした。


 その時。


「ご主人様」


 激しい圧を放つ笑顔のアルゥが、俺の顔を覗き込んでいた。


「な、なんだよ」

「いえ。なんだかよこしまな気配を感じたものですから」

「――きのせいだろ」

「そうだと良いのですが」

 

 アルゥはそう言って、俺の右手を恋人つなぎで握った。


「……あんたたち、仲が良いのねぇ」


 それを不思議そうに見るレカの視線を背後に感じる。


「そうか? 普通だろ」


 俺がそういうと、いっそうアルゥの手が強く握りしめられた。伸びた爪が指にめり込んで痛い!



『レカの好感度が上昇しました』



 ――また!? 今のどこにそんな要素が――


「……そ。んじゃあたしも」


 そういって、今度はレカが左腕に腕組してくる。


「な、なにしてんだよ!」


 緩められたブラウスで初めて顕になった彼女の女性的な部分が、俺の腕に柔らかく主張する。


「なんでって、こんな暗い所ではぐれたら大変じゃないの。さ、いきましょっ」


 レカはそういって俺をグイグイ引っ張っていく。


 遠く月夜に輝く岩盤の山肌に、黒く空いた穴。――それが目的の洞窟だ。そこへ向かう三人。


 左手には、るんるんなレカ。

 右手には、圧笑顔のアルゥ。

 

 男なら喜ぶべき両手に花を、俺はいまいち喜べそうになかった。

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