EP-03.  桃色エルフ

第25話 友達に別れの言葉を①

 夜の畦道あぜみちを馬車が疾走している。車輪は石に乗り上げる度に悲鳴をあげ、不穏な振動を荷台にもたらしている。


 その荷台の中で……


「う、うぇええ……もう無理……うっぷ」


 と吐き気をもよおしている貴族の娘がいた。――レカ・スメンド・ティアールカである。いつこみ上げてきても良いようと、彼女は荷台から頭を突き出しているのだが、それがかえって良くない揺れを彼女にもたらしているように見える。彼女が落っこちてしまわないようにと、アルゥエラはその体を支えながら、背中をさすっている。


「……情けないな、まったく」


 その横で、荷台の縁に寄りかかりながら足を崩しているのが、俺という構図だ。貴族としての体裁を失ったレカに、俺はため息交じりにそう吐き捨てた。


「う、うるさいわねっ。逆になんであんたは平気なのよっ……っぷ」

「鍛えてるからな」

「それ絶対ウソ! ――う、叫んだら……ううぅ」

「レカさん、あまり大声を出さない方が」


 そういってアルゥが、レカのコルセットを緩める。レカ自身、お嬢様の体面を気にかける余裕も無さそうだ。全く酔わない俺に、彼女が恨めしそうに視線を流してくる。

 

 実際、俺が酔わないのは、スキルの影響が大きい。数多の武器スキルを習得したお陰か、体幹力――連続攻撃中断耐性や、被ふっとび削減、コンボの繋がりなどに影響するステータスだ――が高まっているからだろう。現実世界の俺はひどい乗り物酔いだったので、彼女の気持ちがわからないでも無い。だが、なぜだかどうしてだか、彼女に素直に優しくしてやる気分にはなれないのだった。


「うう、こんな乱暴な運転なんて、初めてよ……。これが専属運転手だったら、即刻クビにしてやるのに! うおおおえ」


 俺達がこうして馬車を急がせているのには、理由がある。それは、ギルドでのやり取りにさかのぼる。


 ◆


「……あんた、何言って……」


 俺とアルゥがクエスト受託を宣言した時、一番驚いていたのはレカ本人だった。


「何って、クエストを受けると言ったんだよ」

「わ、わかってるの? それを受けたら、お父様に逆らうことになるのよ。この街で、ティアールカ家を敵に回したら、冒険者として生きてはいけないのよ!?」


 彼女は狼狽ろうばいしながら、胸に手をあてて言う。


 ――まったく、依頼者の立場で、何を言ってるんだか。


「しるか、そんなもん」


 こんな状況でも、いがみ合った俺の立場を気にかけている。本当は心根の優しいヤツなのかも知れない。


「知るかって――あんたのためを思って――」


 だが、今はそんなことはどうでも良いのだ。


「いいか、レカ・スメンド・ティアールカ。よく聞け」


 俺はかつてないほど厳しい目で、レカを指差して言った。


「俺は自分の尻も拭えないお子様の意見を聞いてやるつもりはない。この街の連中と同じように、あんたらの壮大な親子喧嘩に巻き込まれるなんて、まっぴらごめんだ。この街で生きていけなくなるって? 関係ないね。なぜなら文字通り、俺はだからだ。――つまり、このクエストを受けて平然としていられるのは、このクエストを達成できるのは、ってことだ」


 その言葉で、レカの瞳に、色が戻った。それはまさしく、希望の色だった。


「そして俺は、平然と人を切り捨てる奴が許せない」


 俺はあの日を思い出していた。クラスメートが俺を切り捨てたあの日。

 俺は誓ったのだ。


 ――俺は決してそんな人間になりたくない、と。


「あんたが親友を切り捨てないのなら、助けを求めているなら、俺はあんたを切り捨てない。――それとも、それは俺の思い違いか?」


『世間や立場を気にするあまり、真にやり遂げるべきことを見失ってはいけない』


 これは、友人関係に気を病んでいた俺に、父が伝えてくれた、数少ない言葉の一つだった。――それが、今なら分かる。


 レカ・スメンド・ティアールカ。君がもし、その友達が大切なのだとしたら。

 いうべきことはわかってるはずだ。


「――勘違いしないでよ」


 その涙が答えだというのはわかってる。


「だってわたくしは! まださよならだってちゃんと言えてないのよ! ありがとうだって、ごめんだって――。そんな別れなんてあんまりよ! だって、だって……彼女はわたくしのたった一人の親友なんだからぁ!!!」


 彼女は地べたに座り込み、わんわんと泣いていた。――子供のように。


「――上等だ」


 俺はそっとアルゥの背中を押す。アルゥは意図を読み取り、レカにそっと寄り添った。レカも、アルゥにしがみつき、声を押し殺していた。


「さて、お姉さん」


 俺は振り返り、唖然あぜんとしている受付嬢に言い放った。


「馬車を至急手配してもらいたいのですが。――もちろん料金は彼女持ちで」


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