第24話 みんなだいっきらい

 街灯が照らす街道。人をかき分けて進んでいく。


「ご主人様!」


 アルゥの声が遠く響いた。気がつけば、かなり距離が開いてしまっていた。やっと追い付いたアルゥが、不安そうな表情で俺を見つめている。


「どこへ、行くおつもりですか」

「――ギルドだよ」

「では、やはり――」


 アルゥは察しが良いと思う。俺がこれから何をしようとしているのかも、きっとわかっている。それでも、あえて聞いているのだろう。言葉にさせようとしているのだろう。


 ――俺の決心が揺らがないように。


「アルゥエラ。俺の頼みを聞いてくれるか」


「――はい」


「俺はこれから、俺の感情に従って行動する。それは、俺たちにとって良くないことかも知れない。悠々自適ゆうゆうじてきな生活とは、程遠いかも知れない」


「――はい」


「それでも、俺はこの想いを大切にしたいと思ってる。信念だ。それを曲げたら、俺は俺でいられない。そんな気がするんだ」


「――はい」


「だがそれを貫くには、俺一人では、だめなんだ。――お前の力を、貸してくれ」


 俺はアルゥをまっすぐ見た。その宝石のような双眸そうぼうに、俺が映っている。彼女もまた、ただまっすぐに俺を見ていた。


 俺が決めた自分勝手は、おそらく今後に深く関わっていくだろう。この街にいられなくなるかもしれない。それだけじゃ済まないかも知れない。それは、平和な日々とは言えないだろう。俺はアルゥの主人として、その好意を受け取ったものとして、その人生を考える必要がある。この決定は、それに反するものだ。


 だが俺は知っている。それでも彼女は、俺を信じてくれるということを。


「――私は貴方のものです。貴方が望めば、私は刃にも盾にもなりましょう。貴方が倒したいものは、なんであれ打ち倒します。貴方が守りたいものは、命に変えても守り抜きます」


 アルゥはひざまずき、そして俺の手を取り、言った。


「――イツキ様のその想い。私が守ります」



 ◆

 


 ギルドのドアを強く開け放った。店内に客はいない。店じまいとばかりに、残っているのは数名の職員。……そして隅に膝を抱えて座る、レカだけだった。


「ああ、なぁんだ、あんたか」


 レカは視線を動かさず、どこを見ているかわからない目で、口だけを動かしていた。


「なに、わたくしを笑いにきたの。そうよね、おかしいもの。惨めでおかしかったでしょう。笑うがいいわ」


 力なく、別人のようなレカがそこにはいた。


「でも、そんな暇があるならクエストの一つでもこなしたらどうかしら。昨日はああは言ったけど、やっぱりわたくしのクエストはおすすめよ。今なら報酬は三倍。うまく行けば、家だって買えちゃうわ。どう、お得でしょう」


 言葉の内容は、いかにも気丈なレカそのものだった。が、心ここにあらず。虚空を見つめる彼女の瞳には、何も映っていない。


「……って、いっても意味ないか。どうせあんたも受けないんでしょう。お父様が怖いから」

 

 口元だけが、自笑するように歪んだ。

 そしてその瞳から、一筋の雫が流れ落ちた。


「みんな、本気で向き合ってくれない。わたくしのいうことなんて、聞いてくれない。みんな、わたくしを通じてお父様の顔色ばかり伺っているんだわ。だから届かないのよ。わたくしがどんな想いをしているか。どれほど本気なのか。――わたくしはただ、友達と会いたいだけなのに」


 俺はレカと最初にあった時のことを思い出していた。


 ――ここから北に向かった洞窟にこのわたくしを連れていき、その奥にいるヤツにちーっとばかし挨拶して、そして帰ってくるだけよ――


 彼女は信じているのだ。親友がまだ生きていることを。

 そして理解しているのだ。連れ帰ることは叶わないということも。


「街にくれば、みんなが優しかった。わたくしは愛されているんだって、そう思ってた。そんな街を大切な友達と走り回って、新しいものを発見して、買い物をして。大好きな街で大好きな人と過ごせる私は、幸せものだって思ってた。でも、もうそこの子はいない。もう会えないの。会わせてもらないの。そして気づいたわ。だれもわたくしを愛していなかったんだって。わたくしだけじゃなく、わたくしが大事な人も大事にされていなかったんだって。わたくしはこの街が好きだったんじゃない、彼女がいる毎日が大好きだったのよ」


 彼女がアルゥとすれ違ったとき。


 ――その子、あんたの?――


 あれは、アルゥを物扱いしたではなかったのだ。 


 ――せいぜい、大切にしてあげることね――


 あれは、本心だったのだ。

 

 彼女はとっくに、覚悟ができていたのだ。友人との別れを。

 そして、それすらも許されない現実に、絶望していたのだ。


「それを奪ったお父様が許せない。だいっきらい。それを奪ったこの街が許せない。だいっきらい。あの子を守れなかったわたくしが許せない。だいっきらい。全部ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ――」


 それは悲鳴のようだった。


「だいっきらいよーーーーーーーーー!!!」


 静かなギルド内に、彼女の嗚咽だけが響いていた。

 誰も口を開くことはできなかった。



 ――その中を、俺は歩き出していく。


「すみません。クエストを受けに来ました」


 ほうける受付嬢が、慌ててクエストリストを開こうとする。俺はそれを片手で静止して、言った。


「受けるクエストはもう決まっています」


 アルゥが俺の横に並んだ。

 俺は彼女の手を握りしめ、そして力強く言った。


「――冒険者イツキ、そしてアルゥエラ。以上二名は、レカ・スメンド・ティアールカのクエストを受託します!」



 それは、この世界に来た俺の、最初の冒険だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る