第23話 レカとユーリィン

 男達は、素直に俺の質問に答えてくれた。


「使用人の名前は、ユーリィン。桃色の髪の色をした、たしかピクシーかなんかの亜人だと聞いた。二人が仲が良いのは有名でな、お嬢が買い物をする時は、だいたいそいつがついて回ってたな。俺はこの街を根城ねじろにしてから長いんだが、二人がまだガキンチョだった時から、その様子は見てる。天真爛漫てんしんらんまんなお嬢と、おしとやかな使用人。太陽と月みたいだと、良く言っていたもんさ」


 男は酒をあおりながら言う。


「まぁ俺たちにとっては、娘みたいなもんだ」


「怪我をさせたって話は?」


「ああ、それは俺は噂でちらっと聞いた程度なんだ。事情は知らないが、とにかくユーリィンは投獄されたんだ。あの洞窟に連れて行かれる所を、俺の知り合いが見てる。その場には現領主もいたそうだ。四日前の話だ」


「……その洞窟ってのは、どんな所なんだ」


「収監所だよ」


「収監所?」


「犯罪者共を監獄するのに使われていたらしい。といっても、それはかなり昔の話でね。迷路のように複雑な構造をしているくせに、奥には何もないってんで、好き好んで近づくやつはいねぇよ。周辺のモンスターも厄介だしな。それだけじゃない、あそこの入り口は、二人がかりじゃないと出られないようになってるんだ。うっかり一人で入っちまったら、誰かが気づかない限り、骨になるだけよ。そういう連中が化けて出る、って話もあるくらいだからな」


「――それはどんな構造なんだ?」


ねずみ返しさ。尋常じゃなく硬い鉱石が反り返るようになってて、側面は足のかけ場もないほどツルツルでな。入り口から中に入るには飛び降りればいいが、帰りはどっちかが肩車をするなどしないと、届かねぇんだ」


 なるほど。収監所というだけあって、簡単には脱獄できないようにしているのか。


 レカは間違いなく、その中に入ろうとしている。そして帰ってくるために、同伴者を募っているのだろう。


「ついさっき、お嬢が来て言ったんだ。報酬は倍にするから、今すぐでも一緒にいってくれって。だが誰も首を縦に振らなかった。それで、あのざまさ」


 俺たちが入って来た時のあの緊張感。レカはギルドだけじゃなく、こうして休息中の冒険者にも直談判しにきたのだろう。

 ――しかし、それは叶わなかった。


「……そこまでわかってて、どうして連れてってやらないんだ?」


 俺がそういうと、男は目を逸らし、悔しそうに言った。


「それは、できねぇんだよ」


 男は、こう説明した。


 交易都市アイデルハルンは、自警団の存在しない珍しい街だと言う。

 大型都市では、その領主が運営する自警団によって治安維持を行うのが一般的だが、ここアイデルハルンではその機能としてギルドを活用してきた歴史がある。

 それは先代の領主の施策で、膨大な維持費が必要な自警団を廃することで、領民に対する税を緩和し、より自由な交易・商売の発展を促し、困りごとは市民レベルでギルドを通すことを風習化させたことで、冒険者に入る利益を増やした。

 質・量ともに高いギルドは、冒険者の人身を掌握しょうあくし、大勢の冒険者を囲うことで、治安維持と自由な風土を作り上げているのだそうだ。


 しかしその分だけ、ギルドと領主の結びつきは強い。ギルドはもとより、そこに根ざす冒険者達も、領主に対して歯向かうことが出来ないらしい。


「事情は知らねぇが、投獄したのが領主様なら、俺たちがそれに首を突っ込むことはできねぇよ。ましてお嬢に怪我をさせた張本人に引き合わせるなんて、万が一お嬢に何かあったら……。そん時は、俺達の命がねぇってことだ」


 その場に居合わせた冒険者達は、誰もが暗い顔をしていた。


「二人の間に何があったのかは、知らねぇ。だが、俺たちはあんなに仲良しな二人を見てきてるんだ。何も思わねぇわけはねぇよ。とはいえ、もう四日も経っちまってる。今さら行ったところで、もう――」


 仲が良かった、領主の娘と、亜人の使用人。

 そして使用人は娘に怪我をさせた罪として、脱出困難な洞窟に投獄された。


 ――だが、娘はそこに向かおうとしている。


 親の力が借りられず、冒険者に頼ってまで、そこに向かおうとしている。

 

 それはつまり――


「……色々教えてくれてありがとう。参考になったよ」


 そう言って立ち上がる俺。

 こうしちゃいられない。


「おい、あんた、どこいくつもりだ。まさか――」


 何かを察したのか、男が言う。

 俺は振り返らずに、言った。


「急に仕事を思い出したんでな。――いくぞ、アルゥ」


「――はい」


 その足は、ギルドへとまっすぐに向かっていた。

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