第22話 亜人の使用人

 店内の様子は尋常ではない。中央で拳を握りしめて俯いているレカを取り囲むように、いや、彼女から距離を取るようにして町民達がその様子を見つめている。レカの肩は震え、何かを押し殺そうとしているのは、その背中をみただけでもわかった。


「……お、お食事の邪魔をして、申し訳、ございませんでした」


 レカは顔を上げぬまま、店を出ていく。俺たちとすれ違っていることも気づかない。その表情をうかがい知ることはできなかった。


 彼女が出ていくと、店内のみんなは緊張が解けたようにため息をつき、そしてザワザワと話し始めた。


「いやー、まいったぜ。さすがは旋風のレカ嬢、まさに竜巻のようだったな」

「ああ、怒り出して店をふっとばすんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ」

「はは、いくらなんでもそりゃないだろ?」

「いやぁ、わかんねぇぞ? 反抗期はそれはそれは大変だったって言うからな。あそこの使用人は全員ふっ飛ばされたことがあるって話だしな。レディになって落ち着いて、親も内心ほっとしてるんじゃねぇか?」

「そういう意味じゃ、今も十分反抗期だろ、ありゃあ」


 店の客人たちはレカについて談笑していた。ときには腹を抱えて笑っている。

 その様子が、なぜだかとても不愉快だった。


「……いい雰囲気じゃないな」


 俺はアルゥにだけ聞こえるようにそういった。


「そう、ですね。……お店を変えましょうか。これでは、せっかくのご馳走が、美味しくなくなってしまいます」


 アルゥはそういって、俺の席に周り、腕を取るようにして俺を席から立たせた。不機嫌な俺の様子に気づき、急ぎこの場所から離れさせようとしてくれているようだった。


 そして店を出ようとした時、客の一人――見るからに粗暴な冒険者風情だ――の話が耳に入ってきた。


「つってもよー、なんであんなに拘るんだろうな」

「ああ? お前知らねぇのか。お嬢があそこにこだわる理由」

「なんだよ、もったいぶらないで教えろよ」


 俺の足は、そこで止まった。


「……ご主人様?」


 俺は全神経を研ぎ澄ませて、その男の話に耳を傾けた。


「――ティアルーカの屋敷には、亜人の使用人がいたのは知ってるか?」

「あああ! 知ってるぜ! すっげぇ美人の!」


 ――レカの屋敷に亜人の使用人?

 奴隷じゃなくて、使用人なのか?


「そう、そいつだよ。それが今、あの洞窟に囚われてるらしい」

「ほー。そりゃまたなんで」

仕置しおきだ、つう話だ。なんでも、お嬢に怪我させたとかなんとかって。聞いた話だが、手綱を拘束されて連れて行かれたらしいぜ」


 ――使用人が主の娘に怪我をさせた。

 それが本当なら、確かに厳罰を課す人もいるだろう。


「そりゃあ、領主様も黙ってないだろうな。しかし、よりによってあの洞窟たぁ、なぁ」

「ああ。……生きちゃ、いねぇかもな」


 ――危険な洞窟に、手綱をかけられた状態で放置されれば、誰だって生きては行けないだろう。と、いうことは、レカの家族は、使用人を見殺し、いや、実質的に殺していることになる。


 ――胸糞悪い。


「ご主人様……」


 強張った俺に、アルゥが優しく触れる。しかしそれだけでは、ふつふつと湧いてくる怒りを緩和することはできそうになかった。

 アルゥ達亜人がこの街でどんな扱いを受けてきたのかは、昨晩のアルゥの様子を見ていれば分かる。甘んじて受け入れるしかない現状。しかし、だからといって傷つかないわけではない。


 その亜人が、雇い主に黙殺されようとしている。

 そこまで考えた時、一つの疑問が湧いてきた。


 ――なぜレカは、その洞窟に行こうと考えたのだろうか?


 怪我の原因である使用人に対して恨みがあるなら、わざわざその様子を見に行く必要などあるだろうか? 死亡の確認とでも言うのだろうか。そんな残酷な話があるのだろうか?


「――でもよう、その使用人って、確か使?」


 ――な、に――!?


「ああ、姉妹のように仲が良いってもっぱらの評判で、こないだも二人で買い物――」


「おいそこのあんた!!」


 気がつけば、俺は叫んでいた。

 そして歩み寄り、その男を睨みつけた。


「――その話、詳しく聞かせてくれ」

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