第20話 怪しい依頼主②

「ではお姉さん、別のクエストを紹介して下さい」

「ちょっと待ちなさいよあんた!」


 仕切り直す俺に、なおも食らいつく少女。

 ――しつこいなぁ。何より、うるさいんだよなぁ。


「このわたくしの直接のお願いが聞けないというの!? 随分ずいぶんと世間を知らないようね!」


 彼女は手を胸にあて、威嚇いかくするように言った。


「その通り、俺は世間知らずでね。だから、あんたがどこの誰かも知らないし、聞く義理もない」


 したり顔でそういうと、彼女は服と同じように顔を真っ赤にした。


「昨日の様子から言って、誰にも引き受けてもらえないんだろ? そりゃそうだろうね。受付のお姉さんの反応を見れば、その洞窟の奥とやらにどれ程の危険が潜んでいるのか予想できる。そんなところに、あんたのようなを連れて身を守れ、だなんて、夜の海に飛び込むようなもんだ。まして、顔を見てどこのどいつか分かるような身分ともなれば――それは割りに合ってないなんてもんじゃない、詐欺同然だ」


 俺はここぞとばかりにまくし立てた。少女を追い込むことに心苦しさを覚えないわけじゃないが、しかし、こちらにもせっかくの初任務を台無しにされたという気持ちがある。これ以上邪魔しないで欲しいのが、本音だった。


「な、なによあんた。言うじゃない。こんな女一人守ることすらできない、よわっちぃ冒険者だって、自分から言ってるようなもんじゃない」


 彼女はうつむき、怒りをこらえるように両手の拳を握りしめている。


「……ただ戦うのと、守るのでは、別次元だ。少なくともそれがわからないうちは、誰もあんたを連れて行かないよ」

「言ったわね……。――いいでしょう、ここまでわたくしをコケにしてくれたのは、貴方が初めてよ。よく聞きなさい!」


 そういって彼女はまたしても派手に手を振り、演説するかのように言った。


「わたくしの名前はレカ・スメンド・ティアルーカ。ここアイデルハルンをおさめる領主の長女よ! あんたに、このわたくしに名乗る機会をくれてやるわ! 光栄に思いなさい! さぁ、早く名乗りなさい! あんたのランクも添えてね!」


 彼女のよく通る声が、店内に響き渡る。なるほど、さすがは貴族の娘だ、迫力が違う。


「……俺の名前はイツキ。――ランク2だ」


 鋭い視線が交錯こうさくする。だが、次の瞬間――


「――ぶっ。ぶはぁ! きゃははははは!」


 レカが盛大に吹き出した。


「なにそれ、イツキって、名前みじかっ! てかランク2って! 全然大したことないし! 冒険者だったら駆け出しもいいところじゃない。なのに、いっちょ前に語っちゃって! あーおかしい!」


 心底おかしいのか、腹を抱えながら笑っている。


 ――こ、こいつ! むかつくぅ!!!


 あまりにも失礼なその態度に、今度はこちらのボルテージが上がっていく。


「ば、あんたこそ馬鹿にするんじゃない! 俺がランク2になるのにどれだけ苦労したと思ってるんだ! みんなにはただの2かも知れないが、俺にとっては特別な2なんだよ!」

「ランク2ごときで特別って! そっかぁ、よほどの体験があったのね。それは楽しそうで、羨ましいわぁ」

「……言うじゃないか。そんなに笑うからには、あんたのランクも相当高いんだろうな!?」


 俺がそういうと、彼女は嘲笑して、そしてドヤ顔で言った。


「わたくしのランクは1よ!」


 どーん、と効果音が鳴り響いた気がした。


「はぁ!?」


 拍子抜けである。


「当たり前じゃない。わたくしは領主の娘、本分は政治なのよ? 戦闘なんて専門外だわ」


 彼女はさも当たり前かのように言ってのける。


「なんだよ。それじゃあやっぱり足手まといじゃないか」

「ランク2風情ふぜい随分ずいぶんとほざくわね」

「ランク1に言われたくないね!」


 俺たちはひとしきり睨み合ったのち、


「「ふん!」」


 と、互いにそっぽを向いた。


「……あんたみたいにひ弱な駆け出し冒険者は、こっちから願い下げよ」

「……あんたみたいに傲慢ごうまんな依頼主は、こちらから願い下げだね」


 まるで子供みたいないがみ合いに、受付嬢も苦笑いをするしかなかったようだ。


「じゃ、もうあんたに用はないから」


 レカはそういって、ハイヒールを鳴らしながら店の出口に向かう。そしてアルゥとすれ違うと、扉に手をかけてから、振り返った。


「その子、あんたの?」

「……あんたには、関係ないね」

「――そう」


 レカはアルゥと俺を交互に見て、そして眉を細め、


「せいぜい、大切にしてあげることね」


 そう残して去っていった。

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