第19話 怪しい依頼主①

 早朝ということもあって、ギルド内に冒険者の数は少ない。というか、俺たちだけであった。

 そんな静かな店内に緊張感を走らせているのが、例の少女だ。彼女は昨日と変わらず気合の入った格好で、店に入ってきた俺たちを威嚇している。正直、落ち着いて依頼を受けられる雰囲気ではない。


「背に腹は代えられないか」


 とはいえ、金も残り少ない。エネミー討伐による獲得アイテムの商談だけでは、今の生活水準をあげることはできないだろう。仕事をすべきだ。俺は背後からアルゥの、そして側部からその少女の圧を受け流しながら、カウンターに向かい、受付嬢に話しかけた。


「おはようございます」

「ええ、おはようございます」


 ぎこちない挨拶からスタートしたのは、お互いに「見えないことにしておこう」という暗黙の取り交わしのようだった。


「ギルドへようこそ。クエストの受注ですか?」

「はい」

「失礼ですが、当ギルドのご利用は初めてですか?」

「あ、はい」

「そうでしたか。それではまず、最初にご登録をさせていただきますね」


 女性がそう言うと、ポップアップメニューが表示された。自分の名前とステータスが表示され、登録料が示されている。登録料が取られるのは意外だったが、ぎりぎり足りたので、はい、を選択した。


「ありがとうございます。それでは、さっそくご紹介なのですが、なにかご希望はございますか?」


 女性がクエストリストを表示する。ジャンル毎にわけられており、討伐、生産、労働、お使いなどの項目があり、そして難易度が★の数で示されている。俺はさらっとそれらを流し見するが、圧倒的な情報不足である俺には、その良し悪しの判断がつかない。こういう時は、店員におすすめを聞くのが定石じょうせきだと思った。


「そうですね。それでは何かおすすめは――」


 と、俺がそこまで言いかけた所だった。


「――それならこれがおすすめよ!!」


 いつの間にかそばに――というか瞬間移動したように見えた――きたその少女が、俺と受付嬢の間に体を滑り込ませ、クエストの一つを指差した。舞い上がる風に乗って彼女のいい匂いがした――と思ったのもつかの間、彼女は早口でまくし立てた。


「ほら、これを見なさい! 項目の中で最も簡単なお使い系、拘束期間はたったの一日! そしてなによりこの報酬! これだけの条件が揃っていながら破格中の破格! お得! もうこれは受けるべきだわいいえ受けるしかない!」


 彼女の熱量と声が、静かな店内に霧散する。

 えっと……この子、いったい何?


「こ、困りますよ、お嬢様――」

「ほら貴方モタモタせずに決めちゃいなさい! これしかないのよ貴方には! 絶対損しないんだから!」


 とその少女は受付嬢の言葉をさえぎり、俺に詰め寄った。キラキラ光る瞳と勝ち気な眉毛、生命力そのままが飛ばされてくるような迫力に、俺は目眩めまいがした。


「ず、ずいぶん詳しいね、このクエストの内容に」


 俺がお茶を濁すように言うと、彼女は胸を張って言った。


「当たり前じゃない! なんたって、このクエストの依頼主はわたくしなのだから!」


 ――えっへん。と聞こえてきそうなほどの反り返りである。


 しかし俺はこの少女の言うことを鵜呑うのみにはしない。絶対損しない、なんて、損させる気満々の相手が使う常套句じょうとうくだ。世間知らずの俺ですら、それくらいのことは分かる。


「なるほど? じゃあ、もう少し説明してもらおうかな」

「ええ良いわよ! 依頼はこうよ、ここから北に向かった洞窟にこのわたくしを連れていき、その奥にいるヤツにちーっとばかし挨拶して、そして帰ってくるだけよ。どう? 簡単でしょう?」


 彼女はどや顔でウィンクする。

 なるほど、確かにその話を聞くだけなら簡単にも聞こえるが――


「いけませんお嬢様! 洞窟への侵入はしない、入り口までだとお約束したじゃあありませんか!」


 焦る受付嬢の様子を見れば、そうでないのは明確だ。


「うるわいわねー、細かいことじゃない、そんなこと。そこまでいけば目と鼻の先なんだから、サービスよ、サービス」


 悪びれない彼女に対し、受付嬢はなだめているのか叱っているのか懇願こんがんしているのかわからないテンションで頭を下げ続けている。


「……つまり、このクエストの内容には、虚偽きょぎがあるということだね?」

「――ないわ!」

「ありますよ!!!」


 彼女の返答に受付嬢の突っ込みが即座に入った。俺は思わずため息が出てしまった。


「ギルドの職員がクエスト内容の虚偽を認めてしまうのは、どういうもんかと」

「あ……」


 俺の指摘に、しまったとばかり口を覆い隠す受付嬢。これは問題発言である。


 俺は選ぶギルドを間違えただろうか?

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