第18話 狼少女の身の上話と、再会

 彼女が落ち着きを取り戻した後、俺たちは二人してしゃがみ、肩を寄せ合って水平線を見ていた。月明かりに照らされた水面は、どこまでも穏やかだった。遠くかすかに聞こえる波の音が、心を落ち着かせてくれた。


「――私は冒険者でした」


 そしてアルゥは、語り始めた。


「その日、私は二つの失敗をしました。一つは、エネミーとの戦闘に破れ、手負いとなってしまったこと。幸いなことに、からがら逃げおおせたのですが、その先で、一人の男と会いました。余裕のなかった私は、彼に助けを求めました。それが二つ目の失敗です。――彼は、奴隷商どれいしょうでした」


 奴隷がいるということは、奴隷を取り扱う人間がいるということだ。そして、それをあきないとするものがいるのも、当然といえば当然だ。


「なんとか男から逃げ出したものの、追撃を受け――。必死に走ったその先で、出会ったのが貴方様でした」


 それで合点がいった。彼女の手首や足首に、締め付けられたような跡があった理由。そして、飯を与えた時の、怯えた表情。


 ――また騙されるのではないか。そう思ったのだろう。


「……大変だったな」

「ええ、大変でした」


 俺は自己嫌悪していた。最初、街をみた時、なんて平和なんだと。差別も何もないと、俺はそう思った。いかに自分の目が節穴なのか、浅い人間なのかを思い知らされたような気がした。


「でも今は、私は幸せです。こんなにお優しい方に、拾っていただけたのですから」


 アルゥは力を抜いて、その頭を俺の胸に寄せた。毛並みのいい耳毛が、首筋にあたってすこしくすぐったい。


「拾ったなんて、そんなこと言うなよ」

「いいえ、拾って頂いたのです。文字通り、そこに落ちていたのですから」

「……じゃあ、俺の方こそ幸せもんだな」


 彼女は驚いたようにこちらを見上げる。俺はその宝石のような瞳を見ながら、言った。


「こんなに良い拾い物をしたんだから」


 すると彼女は毛を逆立て、ばっと抱きついてきた。


「もう! ご主人様! やっぱり愛しています!」


 その力強さに、少し骨がきしむ。背中に回された爪が皮膚にめり込み、少し痛い!


「こらこら、抱きつき過ぎだ! それこそ誰かに見られたら、愛玩あいがんに思われるぞ!?」

「ふふふふふ、いいのです、そんなことはもうどうでも。周りが何を言おうと、私にはもう関係ありませんから!」

「わかった! わかったけど! だとしても少し痛い!」

「――ご存知でしたか? 本気の愛というのは、時として痛みを伴うことを!」

「なにそれ怖い!」

 そんな、子供のような戯れをしながら、俺たちは野宿し、朝を迎えた。





「運命の再会ですね」


 翌朝。

 ギルドの門を開くと、たちまちアルゥの機嫌が悪くなった。原因は、目の前にいる、真紅のフレアスカートである。ギルド屋でクレームを叩きつけていたあの少女が、店内で仁王立ちしていたのである。


「――ちょうどいい機会じゃあありませんか。聞いてみたいことが、あったのですよね?」


 アルゥの笑顔の圧がすごかった。


「勘弁してくれよ……」

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