第17話 亜人②
「――ここに来るまでに、他の
亜人。亜とは、次ぐ、という意味がある。人に次ぐもの。人ではないもの。それは明確に、人間とは違うということを定義した言葉だと思った。そしてこの状況で持ち出されれば、そこに差別的な意味を含んでいることも、容易に想像できた。
「人間の街、というのは、そういう意味か」
俺は彼女の言葉を思い出していた。
――ここは人間の街ですからね。良い意味でも、悪い意味でも――
「お前達は、迫害されているのか」
その問に、彼女は何も言わず、寂しそうに笑っただけだった。
「……これは、いつかその時が来るまで待とうと思っていたのだけれど――聞いておかなければならないみたいだ」
いつか彼女が自分から話してくれるのを待っていた。繊細な話題だ。俺はそれを聞く
「――あの日、お前はあそこで何をしていた? いったい、何から逃げてきたんだ?」
こうして彼女と食事を共にするきっかけ。――彼女があの森で、瀕死の状態で倒れていたという事実。そして赤の他人に、助けを求めなければならなかった理由。彼女の体に刻まれていた無数の傷は、誰から与えられたのか。
「場所を、変えましょうか」
彼女がそっと立ち上がる。俺はそれについていく。――店を出る刹那、客たちを睨みつけながら。
◆
暗くなった街道を行く。街の灯りから離れ、丘を上っていく。まばらな人影も途絶えた頃、アルゥは言った。
「迫害、というには、それは少し悲劇的すぎるかも知れませんね」
丘の上に、一本の大木があった。その下に立てば、遠い水平線と、そして眼下にアイデルハルンの灯火が見えた。穏やかな海風が崖を駆け上り、俺たちの火照った肌を冷ましていく。
「人間の社会においては、私達は
彼女は遠景を眺めながら、続けた。
「多くの亜人は、その種族単一で社会を形成します。獣に近いものほど、そうです。しかし私達人狼のように、獣よりも人に近い種族であると、人間社会の方が住みよいのです。とはいえ、その溝を埋めるのは簡単ではない、という話なんです。多くの亜人は奴隷となるか、冒険者、あるいは――
――そういうことか。
亜人が身綺麗な村娘の格好をして、飯を食べさせられている。亜人が女で、連れているのが男となれば、答えは一つに絞られる。
――奇異の目を向けられるだけの理由があった、ということだ。
「申し訳ありませんでした」
アルゥは、深く頭を下げていた。
「ご主人様が、
彼女はそういうと、自身の胸に片手をかざし、そっと瞳を閉じた。
「罰を、私に」
彼女が震えているのが分かる。
それが寒さによるものじゃないことくらいは、俺にもわかった。
だから――
「――――!!」
――俺は彼女を、そっと、抱きしめた。
「……俺は、自分のものは大切にする主義なんだ。どんなことがあっても、それを壊したり、傷つけたりはしないよ。それは、お前だって、例外じゃない」
アルゥは、俺のものになりたいと言った。人をもの扱いするのは、俺の思想に反するけれど、彼女が望む形で答えるのが、一番伝わると思った。
「話してくれて、ありがとうな」
「――ご主人様……」
彼女の
「それで、俺はその試験に合格できたのかな」
言葉は返ってこなかった。
代わりに、俺の背中に回されたその手を、答えとして受け取っておくことにした。
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