第16話 亜人①
声の主は、どうやら受付に向かって怒鳴っている、あの女性らしい。
「お、落ち着いてください」
「これがどう落ち着いてられるって言うのよ! もう何日も待ってるというのに!」
受付嬢の静止も逆効果か、ますますエスカレートしている。
女性はまだ若く、その容姿は明らかに浮いていた。どう浮いているのかといえば、品が良すぎるのだ。冒険者風情とは一線を引く、格式の高さが伺えるその身なり。真紅のフレアスカートが、その怒りを表現しているようだった。
「し、しかし、出されましたクエストに応募者が現れないのでは、致し方ないかと思いますが――」
「はぁ!? あんたたちのやり方が悪いんじゃないの!?」
絵に書いたようなクレームである。
「ったく! それとも何かしら、ここの冒険者達は、こんな簡単なクエストに挑む勇気すらない、
女性は店内に振り返り、大手を振って演説するかのように言った。店内にいる冒険者達は、揃いも揃って苦い顔をしている。
「……ふん。まぁいいわ。また出直します。――その時までに、ちゃんとことを進めておいてよね!」
その女性は拳を握りしめ、ハイヒールをカツカツを鳴らしながら、俺たちの脇を通り過ぎ、そして店内を出ていった。
「お、お騒がせしました~。は、はは」
受付嬢が作り笑いすると、店内は静かにどよめいた。
「……どうやら、間が悪かったようですね」
アルゥが言う。
「……出直すか」
微妙な空気の中、初仕事を受ける気には、到底なれなかった。
◆
俺たちは沿岸の通り、身半分が海上のデッキ上にある飯屋に入った。そこで豆のスープと鶏肉らしき串焼きを数本購入して、
「ご主人様が今何を考えているのか、あててみましょうか」
食事の感想を言いながら食べていた所、アルゥが急にそう言いだす。なんのことかと次の言葉を待っていると、彼女はプイっと顔を背けた。
「あの女のことですね」
どうやら俺は、考えいてることが顔に出やすいようだ。
「若かったな、と思って」
「ご主人様は若くて気が強い女がお好みなのですね」
「そういう意味じゃなくて、さ」
「では、どういうおつもりで? 若さで言うなら、ご主人様だってお若いじゃありませんか。気の強さで言えば、私も負けているつもりはありませんよ」
言いたいことがあるなら言ってみろ、とアルゥの顔に書いてある。
「――あの身なり。多分、貴族なんじゃないか」
「存じ上げません」
「……何か、機嫌を悪くするようなこと、したかな」
そう聞くと、アルゥはわかりやすく口を膨らませ、それでもピンときていない俺の顔を見て、ため息をついた。
「二人きりでの食事どき、他の女の話をするのは、どうかと」
――なるほど。
「……ごめん」
そう言うと、今後は心底残念そうに、耳をペたんを下げた。
「そこで謝るのが、また減点ですね。……まぁ、良いでしょう。それで、何が気になるのですか?」
「ん、いやぁ、その。多分、俺と同世代だと思うんだ。そんな女の子が、ああまでして冒険者に依頼したいことって、なんだんだろうなって。身なりから言って、大抵のことはお金で解決できるんじゃないかと思うんだよ」
「どうでしょう。親族の
彼女はそういって、鳥串しに噛み付いた。犬歯がきらっと光る。
「確かにそうか」
親がお金もちだからと言って、子供のお小遣いまで
「いずれにせよ、
「その通りだな。とはいえ、その機会はもう無いだろうけど」
「
「……悪かったよ。この話はもうお終いだ」
「別にお話になりたいのであれば、どうぞ」
「勘弁してくれ。……と」
――やけに周りの視線が気になる。見られている気がする。
「お気づきになりましたか」
アルゥは小さく「そのままで」と言った。
店は混んではいない、と思っていたが、よく見ればそれは錯覚で、周辺の空席を除けば、店内はむしろ混雑していた。明らかに意図的に、俺達と距離をとっているのだ。そして、こちらに奇異の目を向けている。こっそりとする人もいれば、堂々とする人もいる。
「……狙われてる、訳じゃなさそうだな」
「珍しいんですよ」
「俺が?」
「……私が、です」
アルゥは背筋をピンと伸ばして、豆スープを飲み干した。
その頭上には、ピンと張り詰めた白毛の獣耳がついている。それは彼女が人狼であることの、何よりの証だった。
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