第16話 亜人①

 声の主は、どうやら受付に向かって怒鳴っている、あの女性らしい。


「お、落ち着いてください」

「これがどう落ち着いてられるって言うのよ! もう何日も待ってるというのに!」


 受付嬢の静止も逆効果か、ますますエスカレートしている。

 女性はまだ若く、その容姿は明らかに浮いていた。どう浮いているのかといえば、品が良すぎるのだ。冒険者風情とは一線を引く、格式の高さが伺えるその身なり。真紅のフレアスカートが、その怒りを表現しているようだった。


「し、しかし、出されましたクエストに応募者が現れないのでは、致し方ないかと思いますが――」

「はぁ!? あんたたちのやり方が悪いんじゃないの!?」


 絵に書いたようなクレームである。


「ったく! それとも何かしら、ここの冒険者達は、こんな簡単なクエストに挑む勇気すらない、腑抜ふぬけ者なのかしら!?」


 女性は店内に振り返り、大手を振って演説するかのように言った。店内にいる冒険者達は、揃いも揃って苦い顔をしている。


「……ふん。まぁいいわ。また出直します。――その時までに、ちゃんとことを進めておいてよね!」


 その女性は拳を握りしめ、ハイヒールをカツカツを鳴らしながら、俺たちの脇を通り過ぎ、そして店内を出ていった。


「お、お騒がせしました~。は、はは」


 受付嬢が作り笑いすると、店内は静かにどよめいた。


「……どうやら、間が悪かったようですね」


 アルゥが言う。


「……出直すか」


 微妙な空気の中、初仕事を受ける気には、到底なれなかった。


 

 俺たちは沿岸の通り、身半分が海上のデッキ上にある飯屋に入った。そこで豆のスープと鶏肉らしき串焼きを数本購入して、かしぐ夕日を眺めながらの早めの晩餐となった。


「ご主人様が今何を考えているのか、あててみましょうか」


 食事の感想を言いながら食べていた所、アルゥが急にそう言いだす。なんのことかと次の言葉を待っていると、彼女はプイっと顔を背けた。


「あの女のことですね」


 どうやら俺は、考えいてることが顔に出やすいようだ。


「若かったな、と思って」

「ご主人様は若くて気が強い女がお好みなのですね」

「そういう意味じゃなくて、さ」

「では、どういうおつもりで? 若さで言うなら、ご主人様だってお若いじゃありませんか。気の強さで言えば、私も負けているつもりはありませんよ」


 言いたいことがあるなら言ってみろ、とアルゥの顔に書いてある。


「――あの身なり。多分、貴族なんじゃないか」

「存じ上げません」

「……何か、機嫌を悪くするようなこと、したかな」


 そう聞くと、アルゥはわかりやすく口を膨らませ、それでもピンときていない俺の顔を見て、ため息をついた。


「二人きりでの食事どき、他の女の話をするのは、どうかと」


 ――なるほど。


「……ごめん」


 そう言うと、今後は心底残念そうに、耳をペたんを下げた。


「そこで謝るのが、また減点ですね。……まぁ、良いでしょう。それで、何が気になるのですか?」

「ん、いやぁ、その。多分、俺と同世代だと思うんだ。そんな女の子が、ああまでして冒険者に依頼したいことって、なんだんだろうなって。身なりから言って、大抵のことはお金で解決できるんじゃないかと思うんだよ」

「どうでしょう。親族の羽振はぶりがいいからと言って、本人もそうだとは限らないのではないですか」


 彼女はそういって、鳥串しに噛み付いた。犬歯がきらっと光る。


「確かにそうか」


 親がお金もちだからと言って、子供のお小遣いまで潤沢じゅんたくとは限らない。むしろ金持ちの家ほど、金銭感覚がしっかりと養われて、無駄な買い物をしなかったりする、という例を見ないことも無い。少なくとも俺には無縁の話だ。


「いずれにせよ、憶測おくそくだけで話していても、仕方のないことだと思います。そんなに気になるのであれば、ご本人に伺うのが一番良いのではないですか?」

「その通りだな。とはいえ、その機会はもう無いだろうけど」

一期一会いちごいちえ、ですものね。残念ですね、会えなくて」

「……悪かったよ。この話はもうお終いだ」

「別にお話になりたいのであれば、どうぞ」

「勘弁してくれ。……と」


 たわむれに話していて、一つ気がついたことがあった。


 ――やけに周りの視線が気になる。見られている気がする。


「お気づきになりましたか」


 アルゥは小さく「そのままで」と言った。


 店は混んではいない、と思っていたが、よく見ればそれは錯覚で、周辺の空席を除けば、店内はむしろ混雑していた。明らかに意図的に、俺達と距離をとっているのだ。そして、こちらに奇異の目を向けている。こっそりとする人もいれば、堂々とする人もいる。


「……狙われてる、訳じゃなさそうだな」

「珍しいんですよ」

「俺が?」

「……私が、です」


 アルゥは背筋をピンと伸ばして、豆スープを飲み干した。

 その頭上には、ピンと張り詰めた白毛の獣耳がついている。それは彼女が人狼であることの、何よりの証だった。

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