第14話 交易都市アイデルハルン

 街道には、人が溢れかえっていた。


「すごい……人だ、人だ!」


 交易都市アイデルハルンの形相ぎょうそうを形容すれば、地中海と答えるのが適当だろう。


 海は常にいでいて、数多の木製の桟橋さんばしが、円の形にくり抜いたようなわんの中心目掛めがけて伸びていた。そこには船舶せんぱくが停留しており、何やら重そうな木箱を運んでいる人々の姿が見えた。


 街の中心と思われる沿岸えんがんの街道には、石造りの家が立ち並んでいる。家の前には店が並び、食材や工芸品などが展示されている。そこを、所せましと人々が往来していた。


「感動した」

「ふふ、大げさですよ」


 この世界に来て、クラスメート以外のに会うのがそもそも初めてだった。それが、こんなにたくさん、それも、しっかりとした社会性を持って存在しているのだから、感動しない訳がない。それほど、俺たちの生活は原始的だったのだから。

 往来おうらいする人々の人種も、様々であった。元の世界でいう所の、白人、黄色人、黒人。いろいろな肌色、髪の色の人が交流しているのがわかる。差別問題とは一見無縁に見える。これが俺たちの世界なら、戦争なんてないのではないだろうか。


「しかし」


 俺は人々の観察をしばらくしてから、アルゥを見た。


「ああ」


 アルゥは俺の様子とその視線から、何を考えていたのか、すぐにわかったらしい。


「私達のような種族は、いわば希少種なのですよ」


 アルゥは耳をぴくぴくと動かしながら言った。


「わかっちゃったか」

「ご主人様がわかりやすすぎるのですよ。――ここは人間の街ですからね。良い意味でも、悪い意味でも」


 そういう彼女の表情は少し暗い。


「さて、ご主人様」

 

 それをごまかすように、彼女はくるっとこちらに振り向き、人差し指を立てた。


「さっそく目的を達成してしまいましょう。善は急げと言いますし」

「……そうだったな」


 街道を少し行くと、一回り大きな建物があった。看板には、ひと目でアイテムだとわかる宝箱の絵と、これまたひと目でわかるお金の絵が並び、そしてその間に矢印が引かれていた。――買取所。ここが最初の目的地だ。


「はい、お次は、そこの兄ちゃん」


 並んでいると、威勢のいい男性がこちらに手招きしている。店員だろう。


「じゃあ、私はここで待っておりますので。いってらっしゃいませ」


 アルゥはそういって、店の中程で立ち止まった。

 商談は一対一でやるのがマナーなのだろうか? 

 俺はうながしに乗って、男の方に向かった。


「買取かい?」

「はい」

「じゃあ、買い取ってほしいものをそこに並べてくれ」


 男性店員がそういうと、ヘルプメニューが立ち上がった。


 ――なるほど。


 ヘルプメニューには、商品取引の方法が詳細に記されていた。表示されたアイテムボックスから、売却ボックスにアイテムを移動させると、商談が開始されるようになっているらしい。


 俺はその操作方法に習って、大漁の肉アイテムを移動する。すると、男性店員の前の木製テーブルに、それら肉アイテムが現れた。


 これらの肉アイテムは、この街に向かう道すがら、アルゥと協力して集めたものだ。無一文で街に向かうのは気が引けるということで、少しでも金になるものを持ってこようと考えたのだ。


「これを売りたいのですが」

「ほう、イノシシ肉と……ファットラビットの肉、それと薬草類が少々、あとは……キンドルチキンの肝か。これはなかなかのものだぜ」


 店員は素早くウィンドウを開き、品質を確認している。ゲームになれた俺より何倍も手慣れている。その操作を続けながら、男は言った。


「希望価格は?」

「……おまかせします」


 俺が淡々とそういうと、男は手をとめて、こちらをちらっと見た。


 希望価格など、わかるはずがない。商談できるだけの知識がこちらにないから、言い値で買い取ってもらうしか他ない。買い叩かれるかも知れないが、それも勉強代だと割り切るしかないだろう。となれば、ビビるだけ無駄なので、俺は心を無にしてそう答えただけなのだが、相手にはどう映ったのだろうか。


「何か買いたいものでもあるのか?」


 男が手をとめて、鋭い視線を送ってくる。


「服を」


 俺が端的に答えると、男は納得したようにうなずき、価格を提示してきた。


 交換アイテム名に、ゼールと書いてある。このゼールというのは、おそらく通貨の単位だろう。交渉成立度合いを示すゲージが橙色に染まっている。かなり良い条件を出してもらえた、ということらしい。


「これで、いい服買ってやんな」


 店員はそういって親指を立て、さらに俺の立ち去り際に背中を叩いた。


「どうでしたか?」


 戻ってきた俺の表情を覗き込むように見つめるアルゥ。


「気に入られたらしい」

「それは良かったですね」


 そういってアルゥは笑った。どうやら、最後のやり取りを見ていたらしい。


「まぁなんにせよ、金は手に入った」


 俺は彼女の手を取り、言った。


「それじゃあ、真の目的を果たしに行こうか」


 その呼びかけに、アルゥは頬を赤らめながら、はい、と頷いた。

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