第12話 狼少女「アルゥエラ」

 少女の名前は、アルゥエラというらしい。


白狼はくろうとの混血、人狼ワーウルフ末裔まつえいです。アルゥと、およびください」


 少女はそう言いながら、その頬を俺の胸板に押し付け、立派なしっぽを左右に振っていた。


「わかった、アルゥ。だけど、ほら、そんなにくっつかれると……」

「……だめ、ですか?」


 宝石のような瞳が、俺を見上げている。

 ――か、かわいい!!


「まぁ、一旦、落ち着いて。ごめん、俺にも整理させてくれ」


 俺は照れを隠すように、頭をきむしった。いくら幼く見えるとはいえ、女の子に布切れ一枚で抱きつかれると、男として嬉しい――じゃなくて、困る。アルゥはしぶしぶと言った様子で少し距離をとり、しかしこちらに熱い視線を向けてきたり、もじもじとしている。


「えっと、ついてくるって、それは俺に?」

「はい。ご主人様ぁ♡」


 宝石の瞳が、ハート型に変わる。

 先程までとまるで別人である。


「ご主人様って……。俺がどこに行くかも知らないのに?」

「ええ、ご主人様が向かわれる場所ならば、 地平線の彼方、世界の果てまで、どこへでも!」

 

 それは壮大な旅路たびになりそうだ。突然のスケールに目眩めまいがする。


「えっと……どうして?」

「それは簡単です!」


 アルゥは再びその頭を俺の胸板にこすりつけながら、いう。


「我々人狼一族は恩義を大切にするのです。ご主人様は私の命を救ってくださいました。それも、なんの見返りも求めずに、なんの得にもならないと知りながら。なんとお優しい、なんと立派なお心をお持ちなのでしょう! もうこれは、命を捧げるしかありません! 愛しています!」


 そう言いながら、力いっぱいにハグしてくる。なんだか、犬に懐かれた気分だ。


「愛してるって、そんな安直な……たまたま助けただけじゃないか」


 俺は困惑していた。たまたま助けた少女に、ここまでの好意を向けられることに。

 思い返せば、こうして誰かに好意を向けられたことなんて、なかった気がする。それが異性ともなれば、なおさらだ。まして、異世界、人狼である。

 しかし彼女は、俺の目をまっすぐに見て言ったのだ。


「命を救われたんですよ? それに――人を愛するのに理由が必要ですか」


 その問に、俺は答えることができなかった。俺には、あまりにも難しい問いだった。


「そういうことです、ご主人様。私の願いは貴方様のものになること。貴方と一緒にいることが幸せなのです。おっしゃったじゃありませんか、幸せになれ、と」


 彼女の優しくまっすぐな目が、俺を釘付けにする。

 確かに、幸せになれ、と言ったのは俺だ。俺と一緒にいるのが幸せなら、それでいいのかも知れない。本当にそれでいいのか、と考えても、彼女の瞳が、思考をその先に進ませてくれなかった。まるで考える力を奪われているようだったが、こうして何かに身を任せるのも、悪くないかも知れないと思った。


「私はランク5です。今の貴方様より、幾分戦闘力は上です。命じられれば、私は刃にも盾にもなりましょう」

「……そいつは、心強いな」

「ふふ。そうと決まれば、さっそく向かいましょう。さぁ、目的地をおっしゃってください」


 彼女はわくわくとした表情で俺の言葉を待っている。


「目的地は、無いんだ」





 俺は彼女に、これまでの経緯を聞いてもらった。


「……なんということでしょう」


 仲間から追放された――。

 その話を聞いたアルゥの毛が逆立って行く。


「ご主人様」


 そういって彼女は小刀を逆手でにぎりしめ、眉を細めた。


「今から報復ほうふくに参りましょう」

「――え?」

「大丈夫です、ご主人様のランクは2、今なら正々堂々と村へ侵入できます。ご主人様を追いやった不届き者の血で、この刃を真紅に染めてやりましょう。さぁ、おっしゃってください、その村の方角を!」


 彼女の瞳が狂気に染まっている!


「ま、待ってまって落ち着いて! 別に報復とか、望んでないから!」


 慌てて彼女の両肩を掴んだ。見つめ合った彼女の瞳から狂気がゆっくりと抜けていく。


「……そ、そんなに見つめられると……♡」

「あ、ああああ、ごめん!」


 急に照れてもじもじとし始める彼女に、こちらまで照れてしまう。なんだこれ。そういえば中学生の時、両思いのクラスメート達が同じようなことを毎日やっていたような。


「――でも、本当によろしいのですか?」


 冷静さを取り戻した彼女が、心配そうに言う。


「いいんだよ。報復した所で、何かが変わる訳じゃない。そもそも俺は、みんなの無事を考えて行動していたんだから。それを自分の手で無かったことにしたくはないよ」

「……ご立派だと思います。ですが、もしかしたら、もう一度――」


 彼女の言わんとすることがわかる。

 ――もう一度、仲間として迎い入れてもらえるかも知れない――


「いいんだ。もとより、団体行動は苦手だったんだ。それに――」


 俺は無意識に、彼女の頭に手を置いて言った。


「これからはお前が一緒にいてくれるんだろ?」


 その言葉に、アルゥは嬉しそうに笑った。


 

 この日、白銀の少女「アルゥエラ」が俺の仲間になった。

 そして、この時の俺は気づいていなかった。

 この世界で生き抜くために、数多の女の子を「攻略」しなければならないことを。

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