第10話 夜を行く狼との出会い③

 気がつけば、夜が開けていた。


 やっと日が昇り始めたという早朝。に差し込む光で目が冷めた俺は、そばで眠る少女の息があることを確認し、胸をなでおろした。


 俺はほらを出て、適当な木を集めて火を起こした。雨が降っても、落ちている木材は普通に着火できるのがいかにもゲームらしいと考えながら、バックから石鍋を取り出した。


「堂島のやつ、嫌味だな」


 石鍋は、この世界にきて最初に発見した料理アイテムだった。「大きな石の塊」――ごく基本的な採取アイテムだ――から製造スキルで簡単に作れる。これさえあれば、煮物料理から回復ポーションまで、序盤攻略に必要なアイテムが一通り作れてしまう。これを始めて見せたときの井波さんの顔が頭に浮かんだ。彼女の嬉しそうな笑顔。彼女が料理好きだと知ったのもその時だったなと、思い返す。


 バックには、他に豆類と乾燥肉が入っていた。この石鍋を使って、サバイバルをしろ、というつもりだったのだろう。生きる気力をなくした相手にサバイバルを強いるなんて、趣味が悪いにも程がある。堂島の顔が浮かんで、胸がチクリと傷んだ。それを拭い去るように、河原で水を汲み、豆と乾燥肉を鍋に突っ込んで火にかけ、かき回した。


 数分が経ち、回復料理アイテム――「豆と干し肉の煮込み」――が完成した頃、少女が目覚めたのに気がついた。


「ここは……」

「はは、どこだろうね」


 場所は俺にもわからない。先程マップを開いてみたが、歩いてきたであろう部分が一部描かれているだけで、地名すら不明だ。まぁ、今更知る必要は俺にはないのだけど。


「痛むところはある?」


 俺の問いかけに、彼女は自分の体を見回した。傷も大方治っているようだ。


「……これは、貴方が?」

「簡単にだけどね。これ、食べられる?」


 彼女は目を点にしている。そこに太陽の日差しが差し込み、瞳が輝いている。まるで宝石のようだと思った。


「大丈夫、毒は入ってないよ」

「……ありがとう、ございます」


 彼女は不思議そうに、煮込みを手にとり、そして口にした。


「……おいしい」

「それは良かった。まだあるから、食べれるだけ、食べちゃって」


 俺がそういって、再び鍋に向かったとき、脳内で誰かが喋った。



『???の好感度が上昇しました』



「――?」


 しかし振り向けど、その少女はちょうど煮込みを頬張っていた。彼女が発したものではないらしい。


 ――一体何だんだ?――


 そういえば、こんな音声が聞こえたことは、初めてではない気がする。しかしウィンドウを開き通知ウィンドウを開いても、そんな表記は見つからなかった。


 ――まだ俺の知らないシステムが存在するのか?――


 そこまで考えて、それ以上考えるを辞めた。

 ――どうせ、この先のことなんて、俺には関係がないのだから。


「あの……」

「なに?」

「お名前を……お伺いしても、よろしいでしょうか」


 彼女は空になった器を膝にかかえ、俯いている。俺はそこから器を受け取り、答えた。


「俺の名前は――そう、イツキ」

「イツキ――様……」

「はい、おかわり。食べちゃってね」


 俺は彼女の二の次を遮るように、おかわりを注いだおわんを押し付けた。

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