第8話 夜を行く狼との出会い①

 どれくらい歩いただろうか?


 あてもなく、夜のフィールドを歩いていた。目的はなく、時間だけが過ぎていく。


 森が深くなり、見上げる月夜も範囲が狭くなってきた。目印になる山岳は高い木々に遮られ、自分がどちらに向かっているのか、知る術もなくなっていた。知ったところで、帰る場所は無い。


 木の根っこに足を取られ、派手に転倒する。それと同時に、HPが減少した。気がつけば、HPもSPも、残り30%を切って、黄色く表示されている。見の安全を考えるなら、貴重な回復アイテムを使うか、安全な場所で回復するのを待つかするべき状態だ。――が、それをする気にはなれなかった。


 HP・SP以前に、俺は生きる気力を完全になくしていた。


 転勤族の両親の元に生まれた俺は、物心つく頃から、友達を作ることを諦めていた。

 ――当たりさわりの無い関係だけ作っておけば、問題ない。どうせ仲良くなったところで、転校するのだから。

 そういう考えが、友達を作る能力の育てるきっかけを奪っていったのは、間違いない。


 だから、楽しかった。

 異世界生活は、俺に友達を作る機会をくれたんだと、俺はそう思っていた。


 誰かから必要にされること。誰かの役にたつこと。それによって、自分の居場所を見つけたのだと、そう思っていたのだから。


 だがそれは、幻想だったらしい。


 現実にしても異世界にしても、結局のところ、俺は便利な隣人でしかなかった。よそ者の俺が一番爪弾つまはじきにされる可能性が高いのは、わかっていたのに。


 ――これもそれも、全部、ランクアップできないせいだ――

 

 そう言い切れないところが、救われないところだった。


 結局、自分は変わっていない。この世界でも、孤独に生きていくしかないのだろう。だけど今、そんな人生になんの価値も見いだせない。一度知ってしまった人との繋がりは、強烈な孤独感をもたらしていた。


 気がつけば、雨が降ってきていた。


 俺は大木によりかかり、天を見上げた。このままこうしていれば、徐々にHPが失われていくだろう。そうじゃなくとも、エネミーに襲われて、なすすべもなく死ぬだろう。


 ――それも、悪くない。


 少なくとも、もう一度死んでいるのだ。この異世界での人生が拾い物だとするなら、いわばボーナスステージだ。人との繋がりを知らなかったおろかな俺に、それを知る機会を神様が与えてくれたんだ――そう考えれば、いくらか気持ちが楽になった。


 そう思ったときだった。


 ガサ。


 目の前の草むらから、音が聞こえた。


 ファットラットだろうか?

 ワイルドウルフ? 

 いずれにしても、今の俺では太刀打ちできないだろう。


 俺は俺を殺すことになる相手の顔を見ようと、立ち上がり、そして草むらに足を踏み入れ、背の高い草をかき分けた。


 すると。


 目の前に、女の子がいた。


 それも、真っ白な髪の毛と、獣耳を持った、少女が。


「な――」


 その子は、ボロボロの布切れを身にまとっていた。青白く輝く瞳は、この世のものとは思えないほど美しく、息を飲んだ。


 ――亜人? ケモミミ少女? 


 脳内にリアルで培ったサブカルチャー情報が押し寄せてくる。半獣人なんてファンタジーなものが、この世界に存在していたのか? 敵か? 言葉は話せるのか?  


 反射的にゲーム脳が分析をし始める。秒にもみたない思考を巡らせている、次の瞬間だった。



「たす……けて……」



 女の子はそう発して、その場に倒れた。


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