第7話 破滅の始まり②

 ――え?

 ――今、なんて言った?


「ランクが上がらないのは仕方がない。こんな世界だし、君の知識を持ってしても達成できないなら、それはきっと、どうしようもないことなんだと思うよ」


東条とうじょう、何を――」


「でもだからと言って、村のランクアップを先延ばしにすることはできない。ランクアップすれば、より快適な生活が約束されている。それがわかっていながら、君一人のために我慢しろだなんて、委員長の俺が、みんなにそう言える訳、無いじゃないか」


「僕もそれに賛成だ」


 堂島どうじまが一歩前にでる。


「ランクアップ条件が不明ということは、それがいつ達成できるかわからないということだ。そんな非生産的なプランは許容できない。ランクアップした後で、合流してもらうのが一番だ」


 いくら平和になったとはいえ、それは村の中の話だ。外には正体不明の生物や驚異が存在している。気候の変化も激しく、雨に打たれ続ければ命の危険だってある。ろくに補給も回復もできない環境下で、一人で生きていける訳がない。


「ば、ばかなことを言わないでくれよ、堂島。村の外で俺一人で生き延びろっていうのか? そんなことできる訳――」

「できるだろ、お前なら。なんせ、ゲーム攻略は得意なんだろ? ――神童しんどうイッキ」


 眼鏡の奥の、残酷な瞳が俺を見下ろしていた。


「――確かに君の攻略力と分析力なら、なんとかなりそうだ。実際、この世界に来て、俺たちを導いてくれたのも、君のお陰だったからね」


 東条が不気味な笑顔でそれに続いた。


「そ、そうだよ! 俺は率先して戦闘もしたし、情報だって! みんなが今日まで無事に要られたのも、俺のお陰だろ! これからだって、俺の知識が役に立つかも知れないじゃないか! そんな俺を追い出すだなんて、あんまりだ!」


「――でも今、役に立たないじゃないか」


 そんな俺の訴えも、一蹴された。

 そう言い放った東条が、両手を広げて、いう。


「君の知識は確かに役立った。だが、それも過去の話だよ。君から教えられたことは、クラスのみんなに分散して、クラス全員の知識として蓄積されているんだ。今じゃ、君なしじゃできないことなんて無いしね。そればかりか、足を引っ張っているよ」


 東条の演説に、「そういえばそうか」「え、あいつもういらないんじゃね?」「たしかにたしかにー」とクラスがざわついている。


「そんな――」

「……って言うかよ、もっと大事なことがあるだろ」


 俺の反論をさえぎったのは、武重たけしげだった。眉間にしわを寄せたするどい表情で、俺をにらみつけている。


「つまり一樹いつきは、俺たちに嘘をついてた、ってことだろ。ランクが低いっつーことは、ダメージも出ないってことだ。それを、うまく戦ってる風をよそおって、実際は俺たちに負担をいてたってことだろ? 自分が楽をするために、俺たちをうまく使ってたんじゃねぇか? タチが悪ぃよ。嘘だなんて可愛いもんじゃねぇ、騙してたんだろ!」


 武重が片手剣を引き抜き、俺に向けている。俺も思わず立ち上がり、反論した。


「騙すつもりはなかったんだ! ただ言い出せなかっただけで! 戦闘だってみんなが有利に戦えるように――」

「世間じゃそれを騙すって言うんだろうが!」


 武重たけしげの言葉に、俺は思わず息を飲んだ。その瞬間、クラス中が「そうだそうだ!」と武重に同調している。


 四方八方から押し寄せる批難ひなんの声。糾弾きゅうだん。俺は救いを求め、瞳を泳がせる。そして、井波さんと目があった。


 ――井波さんなら、きっと――


 だが次の瞬間、井波さんは《目を逸らした》。



「……ごめん、一樹君」 



『井波彩音の高感度が減少しました』



 ――なんだ、今の音声は――


「とにかくだ!」


 気を取られている俺の胸ぐらに、武重が掴みかかった。ランク3プレイヤーの筋力で、俺の体はいとも簡単に宙に浮いてしまっている。喉が苦しい――


「俺はもうコイツを信用できねぇ。こんな嘘つきヤローと一緒に生活なんて、できねぇよ」


 その言葉と同時に、武重は俺を振り払うようにして放り投げた。尻もちをついた俺の体は、村とフィールドのさかいに差し掛かっていた。


「――そういう訳だからさ」


 その俺の肩に触れた東条が、色の無い瞳で俺を見ていた。


「どの道、もうここに君の居場所は無いよ。――悪く思わないでくれ」

「――東条――頼む待って――」


 東条は言葉を待たずに、俺の肩を突き飛ばした。その衝撃で俺の体は完全にフィールドに露出してしまった。必死に体勢を整えて再び村に戻ろうとしたその瞬間、視界の向こう側で、堂島がウィンドウを操作するのが目に見えた――


「がっ!」


 俺の体は見えない壁のようなものに激突し、弾き返された。再び突撃するも、状況は変わらない。すがるように見えない壁に張り付くと、ウィンドウが表示された。


『この村に入るには、キャラクターランク2以上が必要です』


 ウィンドウの端には、村ランク2と表示されている。俺が村の境界線を跨いだ僅かな時間に、堂島は村のランクアップを実行したのだ。つまり俺は、システム的に完全にこの村から追い出されたのだ。


「堂島ぁあああああああ!」


 俺は叫ぶしかなかった。すでにクラスのみんなは背を向け、広場から立ち去ろうとしている。


 ――俺がいったい、何をしたって言うんだ? 


 俺はクラスのために、自分よりみんなの利益を優先して、動いていたというのに。なんでこんな仕打ちを受けなければならない? 


一樹いつき


 地面を殴り続ける俺へ、見えない壁越しに、堂島が言った。


「すまない。僕達がしたことを許せとは言わない。簡単に許してもらえるとも、思ってない」


 俺にはもはや堂島が何を言っているのか、わからなかった。顔を上げる気にもなれない。そんな俺のそばに、バックパックが投げられた。


「武器、回復アイテム、食料。当面はそれで困らないだろう。全部お前が発見したレシピどおりに作られたものだ。……それで、生き延びてくれ。そして、ランクアップしたら、戻ってきてくれ。それまでに、お前の居場所は作っておく」


 ――居場所を作っておく? こいつは一体なにを言ってるんだ? お前達が俺を追い出したんだろう?


 だが、俺はそんなことをいう気力もなくなっていた。

 する意味も、見つけられなかった。

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