第6話 破滅の始まり①

 その日の夜、集会が開かれた。


「みんな、聞いてくれ」


 東条の声により、クラス全員が集った。東条にうながされる形で、堂島どうじま――鍛冶や製造に特化している、クラスの中心人物の一人だ――が立ち上がった。


「最近のみんなのランクアップで、より上質な素材が取れるようになった訳だが、僕はその材料を活用して日々、この村の設備の質の向上に努めてきた。そして今日、新たな発見があったので、報告したい。それは――」


 堂島はそういって、自分の目の前に大きなウィンドウを表示した。それは、五月の村のステータス画面だった。


「――村のランクアップだ」


 堂島の言葉に、ざわめきが起こった。驚いたのは、俺もだった。

 堂島がスクロールしたページに、ランクアップと記された大きなボタンが表示されていた。


「どうやら、ランクは俺たちだけじゃなく、村にもあるようだ。各施設のレベルを上げることで、その条件を満たしたのだと思う。今日は貯水槽をレベルアップしたからな。タイミング的にも間違いないと思う。これがもし、俺たちのランクアップと同様のシステムなら、村のランクアップをすることで、更に上の設備に向上させることができるはずだ」


 堂島の説明に、クラスが歓喜に包まれた。


 まさか、村にまでランクシステムがあったなんて……。俺は知らなかったぞ。堂島のように、やはり専任で注力してくれているからこその発見だろう。


「やった! これであの不衛生な厠から卒業できるのね!」

「水道も充実できるのかな? 毎日シャワーに入れるようになるの!?」


 いくら平和とはいえ、インフラはど田舎のそれ以下。順応するしかなかったとはいえ、少しでも快適になるなら、それに期待しない方が無理というものだ。


「早くレベルアップしようぜ!」


 クラスの男子の言葉に、みんなが賛同した。

 しかし堂島はそれを片手で静止する。


「僕もそう思った。だが、ここで問題が生じた」


 その言葉に、みんなが静まりかえる。眼鏡を直した堂島は、そしてランクアップボタンを押下してる。すると、ブザー音がどこからともなく鳴り響いた。表示されたウィンドウには、エラーメッセージが表示されている。


『ランクアップの条件を満たしていません』



 ――その瞬間、俺の心臓が跳ねた。


「『ランクアップするには、村人全員がランク2以上の必要があります』――詳細には、そう書いてある」


「堂島、つまりそれは――」


「――ああ。間違いない」


 堂島は眼鏡を直しながら、言った。


「このクラスに、まだランク1の奴がいる」


 クラス全員はざわめいた。それもそのはず、先日、全員がランク2になったはずで、一部のメンバーはランク3になっている。――ということになっているのだから。


「――生活水準の向上は重要な課題だ。設備のレベルアップでみんなも体験していると思うが、ランクアップで更に設備レベルが伸ばせれば、より快適な生活が待っていると想像するのは難しくない。ついては早急にこの課題を解決したい」


 堂島がいうと、クラスのみんなも落ち着きを取り戻した。学年でも有数の頭脳を持つ堂島らしく、切り替えが早い。


 ――そして堂島のいう課題解決とは、ランク1の人のランクアップだ。


「そう、問題は簡単で、上がってないなら、ランクアップをみんなで手伝えば良いんだ。――犯人探しみたいな真似はしたくない、まだランクが上がってないって人がいたら、ここで手を上げてくれないかな」


 東条が柔らかく言った。だが、数秒立っても、誰も手を挙げない。



 ――ここは素直に打ち明けるしかない――



 俺は震える手を、小さく上げた。


「――一樹いつき、君が――」


 東条がそう口にすると、クラス全員の視線が俺に向いた。

「あの一樹が?」

「信じられない」

「あんなに強かったのに」

 と、驚きを隠せない言葉が、俺の胸に突き刺さっていく。


「なぜ、そんな大事なことを黙っていたんだ。スキルだって複数習得していたじゃないか。言ってくれればすぐにでもレベリングを手伝ったのに……」


「……みんな、ごめん。言い出せなくて……」


 東条の優しい言葉と、みんなの視線に、俺は顔を上げることができなかった。だから俺は――


「……わかった。過ぎたことは仕方ない。それじゃあ、さっそく明日から一樹のランクアップをみんなで――」


「――無理なんだ」


 ――打ち明けてしまったのだ。


「一樹、無理って、どういう……諦めるなんて、君らしくない――」


「無理、なんだ。どれだけ頑張っても。スキルだって、もう二○種類も天井になってるんだ。それでも、ランクが上がらないんだ」


 スキルの天井。スキルレベルが一○になると、それ以上上がらなくなる。五つのスキルが天井に達したとき、キャラクターのランクアップが可能になる。そして、スキルのレベル上限が二○まで開放される。それが、この世界のランクアップのシステムだ。


 ――俺だけが、その条件を満たしても、ランクがあがらないのだ。


「……もしかしたら、他に条件があるのかも知れない。毎日、頑張って調べてる。必ずランクアップするから。もう少し、時間をくれないか……頼む!」


 無意識に、土下座のような姿勢をとっていた。クラスの生存を導いていた俺が、今、確実に足を引っ張っている。クラス最弱の俺にできることは、これくらいしかなかった。


 俺は願った。クラスの友情に期待した。そして東条の優しい笑顔に期待した。

 ――それが間違いだとも知らずに。


「……そうか。そういう事情なら、仕方がない。それなら――」


「――東条――」



「――な」


 

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