第5話 異世界で俺は救世主、だったのかもしれない②
その夜、俺は一人で泉のほとりまで来ていた。そこで、最下級雑魚エネミーである「ファットラット」の討伐をしていたのだ。
「はぁ、はぁ」
討伐数は、現在一五体。最初はみんなで力をあわせて、それでも一体倒すだけでも苦労していたが、今では単独でこれだけの数を倒すことができるようになった。もちろん、それはエネミーの特徴を把握したとか、そういう経験が大きいのは間違いない。しかし重要なところは、スキルレベルが上がって、実質的に戦闘を有利に運べるようになったことが一番だろう。
しかし。
「ちくしょう、なんで、なんでだよ」
俺は片手剣を杖のように使って体を支えていた。体の疲労感が半端じゃない。これだけたくさんのエネミーを倒しても、達成感が得られなかった。そればかりか、焦りが俺を突き動かしていた。
「なんでだ。なんでだよ!」
焦りの正体は、この討伐数だった。連続討伐数一五という記録は、決して恥ずかしいものじゃない。むしろ、単独ではよくやれている方だとすら思う。それでも、しかしそれでも、俺は焦らずにはいられなかった。
その理由は明白だった。
――俺の連続討伐数はここ三ヶ月、ずっと変わっていないのだ。
「俺の分析は、間違っていなかったはずなんだ」
俺は
「こんなにスキルレベルを上げてるっていうのに!」
戦闘に関するスキルレベルの多くが、限界である一〇に達している。そればかりか、採取、製造、分析、改造……その他生産型や生活お役立ち系スキルまでもが、天井であるレベル一○になっているのだ。その合計数は、とっくにランクアップ条件を突破している。
それでも、俺の連続討伐数は、伸びていかない。HPもSPもMPも、いつも同じところでギリギリになる。これ以上の討伐は、命の危険がある。そんな限界まで戦っても、いつもいつも一五体がやっとだった。
つまりこれは、俺が成長していないということだった。
「なんでだよ。なんで俺だけ、俺に限って――」
ステータスは絶対的だった。キャラクターが強くならないと、戦闘は有利にならない――。強い敵に勝つためには、ステータスを上げるのが、RPGの基本だ。
そしてこの世界は、その基本に忠実に作られていた。小手指のテクニックや立ち回りで戦闘を有利にしても、与えるダメージを増やせなければ、食らうダメージを減らせなければ、倒せるエネミーも増やせないし、強いエネミーも倒せない。連続討伐数が同じということは、その期間、それは強くなっていないということだ。その答えは、俺のステータスにちゃんと記されていた。
「――ランクアップできないんだよ!」
――
異世界生活、半年。
俺のキャラクターランクは、ずっと一のままだった。
――なぜ俺はランクアップできないんだ?
――ランクアップに足りない要素は、いったいなんなんだ。
その答えが出ないまま、さらに数ヶ月が過ぎた。
◆
村の様子は、平和そのものだった。人徳のある東条が仕切るクラスは、転生前より一体感があった。消失したクラスカースト、協力しなければ生き残れない環境、ステータスやスキルと言った可視化された個性。そういった状況がクラスにいい変化をもたらしたのだろう。今や、いじめなんてものは存在しない。誰しもが役割を認識し、誰しもがお互いを尊重しあっていた。
先日、東条がLV3にランクアップした。それを皮切りに、クラス団結してのレベリングが行われ、低レベル者のランクアップを組織的に実行したのだ。これにより、全員がランク2へ、そして一部の戦闘職がランク3になった。
――ただ一人、俺を除いては。
そう、俺は未だにランクが1のままだったのだ。
俺はそれを言い出せないでいた。
そもそも転生前、俺はクラスカースト最底辺にいた。俺がゲーム攻略で有名な配信者だと知れ渡ったのことは、最低限の人権を確保したに過ぎなかった。転生前の俺は、クラスの一員でありながら、その実、空気そのものだった。
それが今では――
「
「うん、貸してみて」
「……どう?」
「……耐久値が大分消耗しているね。だから、武器の最低攻撃力が下がって、ダメージが安定しなかったんだ。
「本当!? ありがとう、さっそく行ってみるね! 一樹君に相談してよかった!」
――と、こんな感じに、みんな頼ってくれる。
――困ったときは、一樹に聞け――
東条がそうみんなに言ってくれたお陰で、俺は居場所ができていたのだ。それを、失うのが怖かったのだ。
ランクが低いままだったら。
ランクが上がらないとわかったら。
俺の居場所はもうないかも知れない。
だから俺は必死に隠した。低いレベルがバレないよう、戦闘ではうまく立ち回り、限界まであげたスキルを複数使いこなし、活躍を演じた。俺は頼れる一樹を、演じ続ける必要があったのだ。そうして時間を稼ぎ、なんとかしてランクアップの方法を見つけるしかない。
そして、その最悪は現実のものとなった。
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