第3話 初めての異世界生活②

「井波さん!」

「……真中まなかくん?」

「よかった! 大丈夫?」

「……ここは? ……えっ? えっ?」


 俺は井波さんを座らせ、彼女が落ち着くまで待った。彼女は周囲を見回し、俺を見つめて、そしてその後、自身の体を確認していた。比較的露出の多かった胸元と足を隠すようにして俺を睨みつけたあと、俺にそんな度胸はない――俺はクラスでも目立たない非力な陰キャで、みんながそう思っている――ことを思い出したのか、深呼吸をしてから、俺に聞いた。


「みんなは?」



 俺は井波さんにここまでの流れを説明した。目が覚めたらここにいた事、体は無事なこと、知らない場所で、もしかしたら現実の世界とは別の世界かも知れないこと――。そして不思議なウィンドウが出てきて、それを操作して井波さんを起こしたこと。それらの話を、井波さんは驚くほど静かに、冷静に聞いてくれた。


「じゃあ、今は真中君と、二人きりなんだ」

「そう、だね」


 彼女は悲しそうに目線を落とした。


「だけど、そうじゃないかも知れない」

「――え?」


 彼女の瞳に、光が指す。


「他のクラスのみんなも、俺たちみたいにここに来ているかも知れない。井波さんは近くにいた、最初の人なんだ。もしかしたら、みんなもまだ眠っているのかも。――井波さんみたいに」


 あのクラスであったことが本当かどうかは、未だにはっきりしないけれど、でも俺と井波さんがこの場に居合わせるなら、他のみんなも同じようにこの場にいるのだと考えるのが、普通だと思った。それくらい、俺と井波さんには――悲しいくらいに――接点がなかったのだから。


「きっと、みんな無事だよ」


 それは、確信にも近かった。これがゲームなら、条件はみな平等なはず。あのクラスの中で、たまたま何人かが異世界転生するとして、偶然にも俺と井波さんだけが選出されるなんていう可能性は、限りなくゼロに近いと思った。そんな都合のいい展開――この状況をそう言えるかどうかは微妙だけれど――を信じられるほど、俺は楽天的でなかったし、それ以上に、ゲーマーだったから。


「一緒に探しに行こう」


 俺は立ち上がって、彼女に手を差し伸べた。普段の俺なら、こうして率先して動くなんて――まして憧れの井波さんに手をのばすなんて――できなかっただろう。しかしゲーマーとしての確信が、俺に勇気をくれている。井波さんの気持ちを、少しでも早く救ってあげたかった。


「――うん!」


 井波さんが俺の手をとった。俺はできるだけ優しく、だけど力強く、彼女をひっぱりあげた。


 ――その時だった。 




井波彩音いなみあやねの好感度が上昇しました』




「――え?」


 それは、脳内に直接響いてきた。


「――? どうしたの? 真中君?」

「いや、今何か、人の声が聞こえた気がするんだけれど……」

「そう? 私には何も聞こえなかったけど……」

「きのせい、かな」

「ええ? ちょっと、怖いんだけど……」


 井波さんが俺を覗き込むように苦笑いしている。その表情を見れば、彼女が嘘を言っていないことはよくわかった。


「ごめん、ごめん。じゃあ、いこう」


 ただでさえ不安な彼女を追い込むことはよくない――。俺はそう思って、さっと作り笑顔に戻した。


 ――あれは、いったいなんだったんだろう――

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