似たモノ同士

口一 二三四

似たモノ同士

 ――深海は宇宙と似ている


 そんなことを書いていた昔の本を思い出す。

 人類が海の底の底に生活拠点を移して数千年。

 かつて陸地と呼ばれた場所は既に無く、星は一面青黒い球体へとその姿を変えていた。

 変えていた、と言ったが今生きている人類の中に星を外側から見た者などいない。

 何もかもが海へ沈む直前。

 人工衛星という空飛ぶ無人船から送られた『最後の写真』を見て、学者達が恐らく今はこうなっているだろうと推測した姿。

 我々の祖先がまだ陸地に住んでいた時の文献と照らし合わせて導き出した答え。

 実際のところはわからない。

 想像は所詮想像で、憶測は所詮憶測だ。

 もしかしたらまだ残っている陸地があるのかも知れない。

 遥か昔に失われた人類の営みを再建できる場所が見つかるかも知れない。

 追いやられた海の底で発展し続けた文明、科学の全てを動員すれば、あるいは。

 仄暗いこの深海から浮上し、陸地に戻ることを夢見て死んでいった人々の無念を晴らせるかも知れない。

 そんなことを考える者は自分も含め未だ数多くいるが、表立って口にする者は随分と減ってしまった。

 文明を牛耳るトップが変わり、陸地を求める者を反逆罪で捕まえるようになったのが大きな理由だが、それ以上に。

 みんながみんなわかってしまったと言うのもある。

 現在深海に住む人類は陸地があった時期に比べて格段に増えている。

 慣れない環境でここまでの繁栄は驚きであり、同時に脅威でもあった。

 仮に、もし仮に。

 一つの街程度の大きさがある陸地のみが見つかったとして、人類の全てがそこへ行きたいと騒ぎ出したら。

 自分達の根源が始まった場所である空の下への浮上を望めば。

 数千年かけて安定した秩序が乱れるだろう。

 天変地異による厄災で居場所を失った人類は、今度は暴動による人災で終わりを迎えるだろう。

 そんなことを考えると、考えてしまうと、途端に言葉が重くなる。

 夢見るモノが大きすぎると、人は容易に打ちのめされる。

 自分もその内の一人だ。


「……はぁ」


 ため息を吐いて横を見る。

 海底を行く小型艇の窓にはライトで照らさなければ地形すら視認できない闇と、発光する生物の姿。

 蠢くそれらはどれもこれも異形であり、まだ陸地があった頃に記された記録とは似ても似つかない。

 星の変貌に合わせて生態系も変異したのだろう。

 生きるモノであれば如何なる環境であれ順応しそこで過ごそうとするのが常。

 人類もそうして何とか今の今まで種を存続してきた。


 ……では星の外側にいる存在は?


「…………」


 目の前に現れた巨大生物の脇を過ぎ去り思いに耽る。

 頭に浮かんだのは我々の祖先に『最後の写真』を送った人工衛星。

 まだ世界が深海ではなく宇宙と言う空を見ていた頃の遺産。

 人類の手で生み出され放り出された機械の同胞。


 我々と同じく現在の居場所に順応しているのだろうか?

 いずれ星へ戻りたいと陸地の夢を見ているのだろうか?


 深海は宇宙と似ている。

 だとしたら底に沈む者、空に浮かぶ物の価値は同じで、抱く気持ちも同じなのではないだろうか、と。


「……君は、何を思う?」


 有人船から無人船へ。

 海を越え空を越え語りかけるのであった。

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