第17話 矛盾

「パパ……起きて」


 眠い。体が鉛のように重い。起きたくない。何でこんなに体が重いんだろう。

 ああ、そうか。昨日あんなに激しく動いたんだ。そりゃあ腰も痛くなるさ。



「パパ、おーきーてー」


 耳に甘いと息が吹きかけられる。その感覚が神経を弄ぶような感覚がとても気持ちいい。脳髄まで快感がは知るような衝撃に僕は寝ながら絶頂を迎えていた。その快楽を生み出しているのは、同じベッドで寝ていた美咲だ。

 昨日の晩、僕は美咲のことを抱いた。正直どうかしてたと思う。いくら血が繋がっていないとはいえ、仮にも僕の娘だ。それなのに僕は、美咲の誘うようなそぶりとその場の空気で美咲の身体を求めてしまった。いや言い訳になるような言い方をすれば、そう誘導された。

 陰キャの僕にとって初めての行為だったわけだけど、終わった後は意外とあっけなかったな。もっとこう、熱く愛を語り合うようなことを期待していたのだけれど、実際は肉体どうしのぶつけ合いだ。これじゃあ相撲のぶつかり稽古と変わらないと思ったのは僕の経験の無さからくるものだろうか。



「昨日はパパすごかったですもんね。あんなに私の名前を呼んでくれて……胸がきゅうってなりました」


「僕は凄い後悔してるよ。娘にこんなことするなんて父親失格だ」


「いいじゃないですか別に」


「え……」


 美咲は何の問題があるのかといった表情で僕の顔を見る。その表情は真剣でマジなやつだった。美咲にとって僕と寝ることは些細な問題らしい。僕は自己嫌悪にひたすら陥っているというのに……。



「今日は学校にいけそうですか? 駄目なら学校に連絡して貰いますけど」


「ううん、行くよ。それに伶の行方も気になるしね。授業をサボったつけは早めに返さないといけないし」


「真面目ですねぇ。パパがそうするならオッケーです。私も普通に登校しましょうか」


「そうしたほうがいいよ。美咲も転校生なんだろうし、最初は真面目にやってたほうがいいんじゃないか」


「そうですね、転校してすぐに悪目立ちするのは私も望んでないですし」


「やっぱり美咲が伶の美少女転校生だったのか。どうやって転校したかは……どうせ教えてくれないんだろうな」


「ふふ、禁則事項ですから。っていうかそのワードで私のことを思い浮かべてくれたの、すごく嬉しです。パパったら本当に私のこと好きなんですね♪」


 そんなことない……と思う。僕は美咲を信頼しているだけで好意を抱いてるわけじゃない。だって娘なんだから。僕と年の変わらない、好きな仁人瓜二つの美少女だけど。それでも恋愛感情を抱く対象じゃない。

 抱いておいて今更だけど……。説得力のかけらもないな。



「そうだ、学校に行く前に一度怜さんに連絡してみたらどうですか?」


「だね。もしかしたら家に帰ってきてるかも知れないし」


 僕はスマホを立ち上げて怜にLIMEを送ってみた。するとすぐに既読がついた。それを見て怜に電話をかけてみる。数秒間呼び出し音が続いた後……電話が繋がった。



「もしもし遠矢。なんだいこんな朝早くから。こっちは寝起きで機嫌が悪いんだけど」


「怜? 怜なのか!? 無事なんだな、今家にいるんだよな?」


「当たり前だよ。っていうか昨日ぼくが学校に行ってる間、勝手に部屋入ったでしょ。それ普通なら犯罪だからね。美咲ちゃんに合鍵を渡してたからいいけど」


「合鍵……?」


 今怜は確かに言ったよな。美咲が合鍵を持ってたって。それじゃあまるで美咲と怜の間に交流があったかのような物言いじゃないか。僕が知る限り美咲と怜が顔を合わせたのは年末の誕生会くらいだ。しかもみんな酩酊してまともな状態じゃなかった。ほとんど初対面のようなもんだ。

 なのに美咲が怜から合鍵を貰う程の関係になっている? それはどうしてた。一体僕の知らない間に何が起こっているんだ。



「あーそうだ。昨日のLIMEなんだよあれ。遠矢すごい返信してきてたでしょ。何か急用でもあったの?」


「あったのって、怜があんな写真送ってきたから心配して家まで行ったんだろ! 授業中にあんな写真送ってくるなんて何考えてるんだよ!」


「昨日? 授業中って、ぼくは普通に学校にいたよ。スマホだって家に忘れてたし、ぼくが遠矢にLIME送れるわけ無いでしょ」


「でも怜の部屋にはスマホは無かったぞ!? それにあの写真、あんなの送ってきてどう言うつもりなんだよ……!」


 怜のしらばっくれた反応に徐々に怒りが湧いてきた。僕の言葉にも怒気が混じり始めていた。昨日僕が見た事実と怜の証言がまるで合っていない。これじゃあ怜が嘘をついているか、そうでないなら僕が見たものが間違いだってことになる。



「あとほら、リストカット! あの写真、リストカット跡あったよね!」


「はぁ……。ねぇ遠矢、もしかして悪い夢でも見たんじゃないの? 最近学校で嫌なことでもあった?」


「違うんだよ! 伶の腕にたくさん切り傷があって、その血で壁に僕の名前を延々書いて……!」


「はいはい分かったよ。こうすれば満足かな?」


 LIMEの通話モードからビデオ通話モードに切り替わり、怜の元気そうな顔が画面に移った。僕はひとまず怜の安全が確認できて一安心した。だけど、怜の腕が映った瞬間。僕の頭の中には大混乱が怒ってしまう。


 傷が……ない。あれだけあったリストカットの跡が、全然ない。欠片も、痕跡さえもないんだ。こんなに綺麗な肌にリストカットをした過去があるなんて、到底思えない。むしろ僕の見たあの写真の方が偽物なんじゃないかとさえ思える。



「寝起きで夢と現実の判断がつかないのは仕方ないけど、学校ではそういうことしないようにね。じゃあね、切るよ」


 そのまま怜は通話を切ってしまった。とりあえず怜は元気で、どこにも怪我はない。それはよかった。だが昨日彼女は学校に行っていたと言う。じゃあ僕に送られてきた写真とあの怪文書は、果たして一体……。



「怜は隠し事をしているのか……? それとも僕の方が間違っている……?」


 新年の冷たい朝の風が僕らの身体を通り抜ける。それはまるで、全身から血の気が抜けていくのを表しているかのようだった。

 心に陰りが出来はじめている。僕は現実逃避のために美咲に助けを求めようとした。だが……



「美咲がまた……いない……?」


 これはどういうことなんだ。神出鬼没の美咲、僕が見たものと証言が異なっている怜。まるで現実がバグっているかのようだ。僕は一体、誰に助けを求めれば良いんだ……。

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