第14話 日常崩壊
「んぁ~」
「起きろ、おいこら起きなさい!」
「んん……なんだよ美咲……まだ寝かせてくれよ……」
「いつまで寝ぼけてんのよ! ほら、さっさと制服着替える!」
制服……? 何言ってるんだろう。もしかしてコスプレでもするのか。残念だけど僕にはそういう趣味はないんだけど……ってあれ。おかしいな、目の錯覚なのかな。カレンダーの日付がこの前見た時よりずいぶん進んでるぞ?
あ、わかった。みんなして僕をドッキリに仕掛けてるんだな。だって一人暮らししてる姉さんが実家にいるはずないし。まったく、どこのテレビ局に引っかかったんだか。もしかしてモニ〇リ〇グか? 僕あの番組そんなに好きじゃないんだけどなぁ。でもテレビに出る以上、最低限取れ高のあるリアクションしないとなぁ。
「遠! いつまでだらだらしてるのよ、本当に遅刻しても知らないからね!」
「はいはい、どうせどっきりなんでしょ…………本当に?」
そういえば美咲の姿が見えない。昨日の夜まで一緒に寝てたのに、その形跡がない。布団も綺麗に片付けられていて、まるで美咲が来る前に戻ったみたいだ。まさか夢――? 今までのこと全部が、僕が自殺した時に見ている走馬灯とでも言うのか。
いやそれだとおかしい。だって現に僕はこうやって五体満足なわけだ。これは美咲があの時自殺を泊めてくれたからに他ならない。じゃあどうして美咲がいないんだ? もしかして未来に帰ってしまったのか……僕に何も言わずに。
「遠~朝ご飯食べる? お母さんが作ってくれてるって~」
「ごめん、いらない」
美咲のことで頭がいっぱいで、朝食を取っているどころじゃなかった。どうしたんだよ美咲。昨日まであんなに楽しそうだったのに、何の予兆も見せないで姿を消すなんて。勝手に現れた癖に勝手に消えていくなんて卑怯だ。せめて別れの言葉くらい言わせてくれよ……。
「なんか遠のやつ元気ないみたい。そんなに新学期が嫌なのかな」
「若い頃にはよくあることよ。それより亜沙奈ちゃん、大学の方は順調なの?」
「いやっ、あはは。うん、まあそこそこだよ」
姉さんめ、Vチューバーで月数百万稼いでることを両親に隠してるな。そのうち確定申告の時に泣きを見ても知らないぞ。父さんは毎年会社がやってくれてたみたいだし、母さんもパート先で似たような感じだったらしいし。この家で確定申告が分かる人なんていないんだからな。あれ、そうなると失業してYouTuber始めた父さんも危ないんじゃ……。その内経費だの領収書だの集めておくように言っておこう。詳しく知らないけど。
「じゃ、俺行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい。さて、母さんはこれから固定メンバーで狩りね」
「私は新しいマイクの調達でもしよっかなー」
◆
学校に着いたけど、本当に今日から三学期が始まっていた。どうやら間違っているのは僕の方で、世間ではとっくに正月シーズンは終わっていたらしい。これがどういうことなのか、もしかして夢なんじゃないか、色々考えたけどさっぱりだ。
僕に出来ることは残り一週間ほどあった冬休みを惜しみつつ、消化試合じみた三学期を過ごしていくだけだ。本当に惜しい……正月はVtuberの破械ノポポちゃんのライブ配信をつきっきりで見ようと決心していたのに。今の僕の生きがいまで奪われるとはなんたる地獄だよ。
「久遠くん……?」
「ん……ええ、し、椎名さん!?」
「どうしたの朝から大声で。もしかして気分悪い?」
「い、いや……そんなことないけど……」
新学期早々椎名さんと話せるなんてラッキーだ。だけど何かおかしい。何かかみ合わない。僕は確かに、椎名さんのことが好きだったはずだ。だというのにこの落ち着きようはなんだ。まるで昔好きだったおもちゃを大掃除で見つけたかのような感覚は。
「あ、そういえば今年は初めてになるのかな。新年明けましておめでとうございます」
「うん、あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「えへへ、朝から久遠くんと一緒で嬉しいなぁ……って私何言ってるんだろう……! 嘘うそ、今のは忘れて! 何でも無いから!」
「へ? あ、そう……なんだ」
僕が返事をし終わる前に椎名さんは玄関口まで走り去ってしまった。顔全体を朱色に染めて恥ずかしがっている椎名さんは可愛かったが、やはり以前程の胸のときめきは起きない。本当にどうしてしまったんだろうか僕は。
その後、授業も滞りなく進んだ。唯一宿題をやり終えていなかったのもがあったんだけど、それも何故か最後まで終わっていた。しかも僕の筆跡でだ。これは間違いない。元旦から今日の朝までの記憶が抜けている。そうとしか言いようがない。
もしかして脳の病気なのか、なんて深刻なことも考えたけど今はこうして普通に活動出来ているし、疲労か何かで忘れてしまっただけだろう。なんたって書いた記憶の無い提出物が僕の筆跡で出てきたんだから。
そういえばクラスの連中が騒いでたな。やけに可愛い子が転校生にいるって。今時そんなことで騒ぐなんて小学生じゃあるまいし、僕は興味ないね。共通の話題で盛り上がれる友達がいなくて寂しいってことじゃないからな一応。
◆
昼過ぎだっただろうか。一件の通知を見ている時だった。
「怜からか。珍しいな……一体何の用だろう」
誕生日会の一件から怜に対して申し訳なさを感じて距離を置いていた(とはいっても数日程度)けど、こうやって怜からLIMEが送られてくるのは珍しい。どちらかというと僕が誘って、怜がマイペースに返事をするって関係だったから。
怜からメッセージなんて、どんなこと書くんだろうなあいつ、なんて呑気に思っていたのが悪かったんだろう。通知を開いた瞬間、僕は自分のスマホを手から落としてしまった。
「なんだよ……これ……」
そこには……。
そこには……。
そこには……。
リストカットをした怜と、その血で壁に「遠矢」という文字が書かれた写真があった。
グロ映画には耐性はある。ホラー映画にも耐性はある。でも現実の、しかも幼馴染のこんな写真を見て平静を保っていられる人間が果たしているのだろうか。僕はスマホを拾い直して、急いでその画像を消す。
「どうしたっていうんだよ怜……。救急車……いや、直接家にいった方が……?」
混乱している僕を余所にスマホから再び「ピコン」と通知音が鳴る。恐る恐る確認してみると、またもや怜からのメッセージだった。だが今度は写真ではなく文章だ。でもその文字列が与える衝撃は、恐怖心は……写真と同等、いやそれ以上だった。
【遠矢遠矢遠矢遠矢遠矢●●遠矢遠矢遠矢遠矢の●●とぼくの●●を混ぜて二人で分かち合いたい遠矢の●●をかたどった●●●●で一晩中ぼくの●●●を●●し続けたい遠矢の内蔵をぼくが作ったものだけで満たしたい遠矢が出したものまで全部回収してぼくが飲み干したら最高の●●●だよねそうだよね遠矢ねぇどうして返事してくれないの遠矢ぼくのこと嫌いになった?なんで知らない子と同載してるのぼくには一切説明しなかったのぼくとじゃ駄目なのぼくなら毎晩遠矢の望んでることなんでもしてあげるよ遠矢の●●とぼくの●●がぐちゃぐちゃになるまで●●●しようよねぇ遠矢――
「っ……!」
これは見てはいけない物だ。僕は今、幼馴染の深淵をのぞき込んでいる。美咲の話を聞いた時は嘘だと思っていた。将来、怜は僕に異常なまでの執着心を持ってストーカーになると。そんなことあり得ないって笑い飛ばした。
でも、この写真を……このメッセージを見ても同じように笑い飛ばせるか? いや、それどころか前と同じように接することさえも……。どうしたんだよ怜……こんなの、君らしくないだろ。
「怜……」
幼馴染への対応をどうしたらいいのか分からず、次第に恐怖に飲まれていくのが分かる。人は理解できない物を目の当たりにした時、心が折れるのだろう。よく知っているはずの幼馴染がこんな異常行動を取るなんて理解できない。僕にはもはやどうしたらいいのか分からなくなって、スマホをポケットに仕舞い込んだ。
そして、気付けば恐怖で体が震え上がっていた。なんて情けない姿なんだろう。元旦から一週間近くの記憶が消えてるし、美咲はどこかへ消えてしまった。椎名さんは変な調子で、怜はおかしくなった。何が起こっているんだ、僕は何をすれば良いんだ!?
「助けてくれ……誰か……」
「私がおたすけしましょうか?」
「え……」
希望の声に顔を上げると、そこには今朝から姿が見えなかった美咲がいた。とても勇ましく、とても華やかな笑顔で僕の前に立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます